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「さいきんあたし、ひさしぶりに恋愛してるんだよなあ。」と彼女はいいました。へえ、相手はどんなひと、とたずねると、仕事でしりあったひとだという。彼女は広告の仕事をしていて、相手はいわゆるクライアントのひとなんだそうです。そのことをしった彼女の同僚は、「がんばりなよ」と彼女をはげましてくれるそうです。たしかに彼女は魅力的な女の子だし、たいていのひとからすかれるタイプだから、同僚が応援してくれるのもわかる。わかるんだけど、正直なところ、「‥‥」というおもいがしたので、ハハ、とちからなくわらってこたえました。ところが彼女は勘のはたらく女の子で、そういうおれの反応からおれの気ぶんをさっしたらしく、こんなふうにきりだしてきました。「そう、あたしも、そうおもう。」じぶんにいいきかせているようにもみえました。いずれにしてもおれはちょっとおどろいて、「なんのこと?」とたずねました。「つまりねえ、」彼女はいいました、「がんばれっていわれても、なにをがんばるのかわからないの。」ああ、なるほど、といっておれもうなずき、ビールをくちにしました。彼女もビールをくちにしました。それから彼女はだまりこみ、なにやらかんがえこんでいるようすでした。おれは、テレビのボリュームをすこしさげました。画面はサッカーの、スペインだかどこだかのリーグの試合をうつしていました。「つきあうって、どういうことだとおもう?」彼女がとつぜんくちをひらきました。そうして、おれをみました。このときにかぎってはめずらしく彼女のいいたいことが即座に理解できたので、おれは話をあわせることにしました。「ああ、そうだよな、つきあうっていうのは、あれってヘンだよな。」「そう、そうなのよ、くりたさんもそうおもう?」彼女はちからをえていいました、「あたしねえ、むかしから、つきあうっていうのがなんのことなのか、わからない。ヘンだよね? ヘンだよね?」彼女は同意をもとめてきます。もちろんおれは女の子に反論するなんて、そんな大胆な仕儀に及べるはずもなく、それでいっそこんなふうに話をすすめてみました。「じつは、おれ、つきあうっていう言葉、きらいなんだよ。だれかが、「おれ、あいつとつきあってるんだ」とかいうのをきくと、首をしめてやりたくなる。」「あっ、わかる、わかるう。」彼女はうなずきました。わたしのもくろみは成功したらしくて、これで一歩前進したことにわたしは気をよくして、ビールをもうひとくちのみました。「そうよねえ、つきあうなんていったって、それってなんのことなの? ある日をさかいにして、今日からつきあいましょうとか、今日でつきあうのをやめましょうとか、そういうのって、おかしいよね」彼女はいいました。おれはそれでもうすっかり彼女の恋愛観というものを把握できた気がして、それでいいました。「おもうんだけど、つきあってくださいとか、そういう言葉をくちにするんじゃなくて、なんとなく仲よくなって、それでなんとなくいつも一緒の場所にいられるふうになるのがいいよな。」そして彼女をみると、彼女もうんうんとうなずくのでした。しめしめ、とおれがちいさくガッツポーズをつくっているのもしらず、「うん。それって、すごくよくわかる。」と彼女はいいました。「がんばるとか、そういうのも、なんだかちがうよなあ。」おれもいいました。「うんっ。」彼女はおおきくうなずきました。「だからいま、おれたちが一緒にいるみたいなのが、理想だよな。」おれはいいました。うふふ、彼女はそんなふうにおれにほほえみかけてくれました。おれと彼女はそのときたしかに、ある種類の連帯感をともにいだいていました。勝負にいくのならここだろう、おれの野性がおれにそう教えました。それでおれは彼女のところににじりよって、彼女の手に指先でふれました。彼女は「ちょ、ちょっと。」とちいさくいって、身をすくめておれをみつめました。おれは、おれがつくれるいちばんいい表情をつくって、彼女をみつめかえしました。「遊びなんかじゃないんだ。」おれはささやいて、くちをきつくとじました。それから、全身の神経を瞳に集中させて、その瞳で「やらせろ」と、念力をかけました。そのままみつめあいました。「だめ。」がまんしきれなくなったらしくって、彼女のくちがそううごきました。どうじにおれのからだがはじけて、おれの唇が彼女の唇をふたぎました。
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