とり  話がわからない


 つづきもののテレビドラマというやつで、ちゃんとみたおぼえがある番組はひとつもない。毎週みていたテレビ番組というのはもちろんあるけど、「このつづきは来週」みたいな、連続したテレビドラマというのはみた記憶がない。NHKの朝の連続ドラマなんて、おれのじんせいにまったく関係がないという点においては、ボリビア市の電話帳に匹敵するくらいだ。それくらいみないテレビドラマだけど、じぶんがみたことがないものだから、ほかのひともそうなんじゃないかとおもってると、そうではなくて、たいていのひとは最後まで話を把握していた番組がなにかしらあるみたいで、それどころか、おれとおなじトシのともだちなんかでも、いまだにちゃんと毎週毎週かかさずドラマをみてるやつがいて、驚いてしまう。「それっておもしろい?」ためしにたずねると、「うん、けっこうおもしろいよ」と返事がくる。それでおれもその番組をみてみる。そして、どうしておれがそういう番組をみないのか、その理由を再確認することになる。
 なにしろそういう番組というのは、はじめからみていないと、人間関係だとか現在おこっているトラブルだとかがさっぱりわからないのだ。たとえば、「連続テレビドラマ『愛と闘いの日本共産党』-第8回-」なんてのをみていても、第8回ともなると話がけっこういりくんでしまっていて、なにやらあちらのほうで号泣している娘がいるとおもいきや、こちらのほうでは青少年が手にしたナイフで紳士の胸を刺していたりするのだが、いったいどうして彼女が泣いているのか、どうしてかれらが殺しあっているのか、その理由がわからない。わからないから、まあたいていドラマに対する興味というものをうしなってしまう。「なにも泣かなくたっていいのに」とか「なにも殺さなくたっていいのに」というていどの感想をもつだけでおわってしまう。話のスジというのをちゃんと一から十まで把握していないと、どうにも感情移入できないのだ。なにかさめてしまって、登場人物と一緒に泣いたり怒ったりできないのだ。もちろんこれはおれのばあいであって、途中からみはじめたドラマであるにもかかわらず、しっかりとその世界にはいりこんで泣いたり笑ったりできるひともいる。ひとによってさまざまではある。英会話なんかでもほら、相手の話の内容の20%くらいしか理解していないのにどんどん会話をすすめていける女の子がいる一方で、話の85%くらい理解できてるのに、まだ「あなたのいっている意味がわからない、もう一度いってください」とききかえすオヤジがいるでしょう? おれはその後者のほうのパターンで、なにからなにまでわかっていないとイヤなのだ、性格的に。それでおれは、けっきょくドラマをいっぷんくらい眺めただけで、もうみるのをやめてしまう。どこかでスポーツ中継をやってないかなあなんてチャンネルをかえてしまう。
 そういうわけなので、たまにともだちの家なんかでそのテの番組をみることになると、一緒にみているともだちにたいへん迷惑をかけてしまうことになる。登場人物がでてくるたびに、これはだれなのか、このひとはどうしてこういうことをしているのか、と質問責めにしてうっとうしがらせてしまうことになる。
「この女の子はだれ?」
「景子だよ。ほら、めぐみの親友で、しかも純一の彼女なんだよ」
「純一? 純一の彼女はめぐみじゃなかったの?」
「めぐみが殺されたあと、純一は景子に乗り換えたの。さっきふたりしてハートのペンダントの片われを埋めてたろう?」
「あ、そういえばあのペンダントを掘りかえしてたひとはだれ?」
「柘植先生。あれはめぐみのかかりつけのお医者さん」
「医者? 医者ってこの女の子のおとうさんじゃなかったの?」
「そっちは町医者で、柘植先生は精神科のお医者さん。ふたりいるの」
「でもあのひとはなんでペンダントを握って泣いてたの? どうして泣くの?」
「かなしかったからだろ」
「なんで? なんでかなしいの? なんでなんでなんで?」
「ああうるさいっ。だまってみてりゃそのうちわかるっ、だまってみろっ」
「‥‥」
けっきょくおれは、かたわらにある新聞なんかをひとりさびしくぱらぱらとめくりだすことになる。
 提案がある。まじめな話なので、どうかまじめにきいてほしい。できたらノートと鉛筆の用意をしてほしい。用意はできたろうか? では話す。おれにとって、つづきもののテレビドラマの問題点はけっきょく、あの、つぎからつぎへと無限にでてくる(ようにみえる)登場人物と、その複雑きわまりない人間関係にある。そこを改善してくれさえすれば、もうすこしシンプルにしてくれさえすれば、おれにもなんとかなるとおもう。そこで提案なのだが、登場人物を十人以下にしてもらえないだろうか。十人をこえると、勘定をするときに両手の指ではたりなくなってしまって、十一人めのときにズボンのチャックをおろすことになる。そんなのいちいちやってられない。それともうひとつ、これがカンジンなんだけど、登場人物の名前をすべてのドラマで統一してもらえないだろうか。ついでに家族構成なんかも統一してほしい。たとえば、おとうさんとおかあさんは波平とフネ、その子供がうえから順にサザエとカツオとワカメ、サザエのおむこさんがマスオでその子供がタラ、猫はもちろんタマ、おとなりさんはいわずとしれたイササカさんだ。これからつくられるテレビドラマは、ぜんぶこれでやってほしい。そうしたらおれは名前をきいただけでだれとだれが夫婦でだれとだれが兄弟なのかをすぐに理解するし、それぞれがどういう力関係にあってどういう行動パターンをとるかも理解するし、だからよこでドラマを観賞しているともだちに質問を連発してうるさがらせないことを約束する。こころやさしきテレビマンのみなさん、どうかおれの願いを‥‥きいてくれるわきゃありませんね。失礼しました。んがんぐ。

[19,11,1999]