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おれの名は有賀泰三、あだなはサンキューである。「ここにいるとそれだけでつかれる」とシンジが評した部屋をしばらくネグラとしたことがある。大学にかよった数年間のことで、おかしな形をした三階だてのビルの一室である。土地のすきまにあわせてたてたことがありありとわかるちいさなビルで、爆撃機が空からみおろしたらたぶん、くの字の形にみえたはずだ。一階が喫茶店、二階が雀荘とスナックで、三階におれのネグラがあった。その階には部屋はぜんぶで四つあった。おれの部屋は、ちょうどくの字のまがりかどで、ビルの形のおかしなところをぬきだしたような部屋だった。内部は、なんともよびようのない、いびつな多角形をしていた。どこがそうだとはっきりとはいえないのだが、それでもたしかにどこかがゆがんでいて、一日いるとめまいがした。その部屋でおれは祖母のおしえをまもり、きよらかな学生生活をおくろうともくろんだのだが、ひっこしをしたその日から暗雲たちこめることになった。ひっこしをてつだいにあらわれたシンジが、そのままいついてしまったからである。シンジはなにかにつけて注文のおおい男で、居候であるみずからの立場もわきまえず、おれの部屋についてもあれこれと不平をもらした。たとえばシンジは、騒音について不平をのべた。ビルの二階、おれの部屋のちょうどましたには「やすらぎ」という店名のカラオケ・スナックがあって、そこからくる騒音におれたちはなやまされた。日が暮れると足の裏のしたから、演歌演歌モモエ演歌演歌マッチ演歌セイコ演歌演歌演歌というふうに、はてしなくエコーのきいた唄がさいはてのないメドレーでながれてくる。えんえんとつづく。深夜だろうとなんだろうとおかまいなしである。夜がふけるほど客の酔いはふかくなり、音程もリズムもくるい、唄声はしどろもどろ、それに比例してボリュームはあがっていく。シンジとおれはその店を「やすらぎ」ではなく「やりすぎ」または「ヤマト」とよんでいた。夜中の一時ごろになるとあらわれるひどい声のオヤジがいて、このオヤジの好んで唄うのが「宇宙戦艦ヤマト」だったからである。「さらばあ、チキウよおお、たびだあつフネわああ」おれたちがふとんによこになるのをみはからっていたかのようにオヤジの唄ははじまった。階上のおれの部屋まで酒のにおいがただよってくるような唄声で、オヤジは気のすむまでなんどでもその唄を繰りかえし唄った。演歌ヤマト演歌ヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトというふうだった。ヤマトの前奏がはじまるたびにシンジとおれは枕で頭をかかえ、あたりをのたうちまわった。「さらばあチキウよおおお」オヤジがわめきだすたびにおれたちは床にむかって「はやくチキウからでてってくれ」と哀願をした。だがオヤジは哀願をききいれるようすはなく、ただヤマトを熱唱するのみである。それがあけ方ちかくになるまでつづき、夜があけるとこんどは両どなりの部屋からピアノとバイオリンがはじまる。両どなりにはそれぞれ、その楽器をまなぶ女子学生がいたからである。それらはおれたちをさわやかにめざめさせるためのアサのシラベというようなしろものではだんじてなく、あくまで楽器の練習なのであって、気にいらない箇所があるとそれを三十分でも一時間でもくりかえし弾く。ほんの二小節かそれくらいのフレーズを気のすむまでくりかえし弾きつづける。きかされるほうはたまったものではない。拷問である。日が暮れるまでそれはつづき、日が暮れるとまた階下でカラオケである。夜がふけるとヤマトである。ピアノにせよバイオリンにせよヤマトにせよ、我慢ができなくなるとおれはヘッドホンを耳にあて、ベースギターをかかえ、それの練習をはじめた。まだ大学は春休みだったが、はじまったらそこでバンドをやるつもりで、大学生のバンドというのがさいしょにどんな曲で音あわせをするのかはわからなかったが、ひとまずディープ・パープルとレッド・ツェッペリンの練習をしておけばまちがいはあるまいとかんがえ、それらの練習をした。おれもまた気がすむまで練習をして、ヘッドホンをはずしたときに両どなりまたは階下からピアノまたはバイオリンまたはヤマトがきこえたばあいはあわててヘッドホンをつけなおし練習を再開した。夜中のヤマトに耐えかねてベースギターをはじめると、ときおり、両どなりがピアノとバイオリンをはじめることがある。抗議のつもりなのかどうかはわからない。むろんおれも負けるわけにはいかない。さらに熱をいれて練習をすると、両どなりもますます熱をいれる。階下はヤマトである。おもいもよらない深夜のバトルである。シンジは部屋の隅で青ざめていたが、しったことではなかった。ビルの隣家で犬を飼っていて、ふしぎなことにこの犬は、おれがベースギターの練習をはじめると遠吠えをはじめた。おれがベースを弾いているあいだじゅう吠えつづけた。ピアノでもバイオリンでも、ヤマトでさえ遠吠えをしないのに、おれのベースにのみ反応をする。無礼な犬である。無礼にもホドがある。おれは遠吠えを無視してベースを弾いていたが、そのうち好きな女の子にふられて気ぶんがむしゃくしゃしたことがあって、むしゃくしゃした勢いで三日三晩部屋でベースを弾きつづけていたらくだんの犬は狂死してしまった。最期まで無礼な犬である。かわいそうなことをしたものだといまはおもうが、そのとうじはいい気味だというくらいにしか感じなかった。ともかく、そんなこともあってか「ここにいるとそれだけでつかれる」と、これがそのころのシンジのくちぐせであった。サンキュー。
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