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せっかちということにかけてはちょっと自信がある。日常生活のなかでは、おうおうにして「待つ」ことをしいられることがあるが、あらゆる状況においておれはその「待つ」という行為がきらいだ。だれだってきらいか。ともかく、たとえばおれは、駅のホームで電車をまつのがきらいだ。おれがすんでいるところのもより駅がある鉄道は上下線とも基本的に15分間隔で運行されていて、これを利用するときおれはいつもギリギリに駅につくように家をでている。家から駅までの所用時間はすでに計算しつくされている。どんなに時間に余裕があっても、おれは、はやめに家をでることはない。そんなこと、できるわけがない。だって、はやめに家をでたら、必然的にはやめに駅についてしまうことになるし、そうしたら駅のホームで電車をまつことになってしまうじゃないか。電車をまっているのなんてまっぴらごめんだ、そうかんがえておれは、いつもギリギリに家をでる。ところが、ごくまれにだが、おれのそのおもわくにたいへんな障害がまちうけていることがある。予定どおりギリギリに駅の券売機にたどりついたおれのまえに、たとえばおそろしく動作の緩慢なオバチャンなんかがたちはだかることがあるのだ。これは、オバチャンにかぎったことではなくて、あるいはオジチャンかもしれないし、子供であるかもしれないし、青少年であるかもしれないし、娘であるかもしれない、とにかくここではオバチャンということで話をすすめるが、このオバチャンは乗車券を買おうとしている。乗車券を買うために券売機のまえにたちはだかり、てさげ鞄のなかをごそごそしている。わるい予感におびえながらおれは、オバチャンのうしろに並び、オバチャンを観察する。あんのじょう、オバチャンは鞄のなかの財布をさがしているのだ。‥‥財布? そんなの、券売機をまえにしてからさがしだすんじゃないっ。あらかじめ小銭を用意しておかんか、小銭を。おれはこころのなかでつぶやくのだが、オバチャンに聞こえるわけがない。あれえ、どこだったかしら、これじゃないし、これかしら、あ、これもちがう、あ、あったあったこれこれ、オバチャンは鞄のなかからやっとガマグチをみつけてそれをとりだす。そこまでですでに8秒くらいのロスタイムがある。オバチャンはそして財布をあけ、なかの小銭を確認する。そうだ、確認するだけだ。小銭をとりだしたりはしない。それじゃなにをするのかというと、そこでオバチャンは、券売機のうえの路線図料金表をながめはじめるのだ。あっ、ばっ、こ、このゴにおよんでそんなことするかっ? じぶんが行きたいとこまでいくらかかるのか、わかっていなかったのかっ? そ、そんなヤツに電車に乗る資格はないっ。もうオマエはいいからおれとかわれっ、はやくおれにキップを買わせろっ。オバチャンのうしろでおれは歯ギシリをはじめる。だがオバチャンは、ほとんどいやがらせとしかおもえないようなトロサで、料金表を確認している。右のほうを3秒ながめ、そして左のほうを3秒ながめ、それからまた右のほうをながめる。なっ、なな、な〜にをやっとるんだなにをっ。オバチャンっ、オバチャンのいきたいのは茨城か埼玉か栃木か福島か千葉か東京か神奈川かそれともニューヨークにいきたいかあっ? お、おれに教えろっ、おれがさがしてやるっ、いっそおれがキップを買ってやるからっ、たっ、たのむからはやく、は〜や〜くっ、キップを買ってくれえっ。だがオバチャンはあいもかわらず、なんの問題意識ももたず、なんの方法論もないまま、あてずっぽうとしかおもえない首のうごきで路線図をながめまわしている。いっしゅんおれの胸のうちに「殺意」というものがよぎる。おれはだんだん本気でアセりはじめる。オ、オバチャンっ、もう電車がきちゃうっ、もも、もう目的地までのキップなんて買わなくったっていい、その最低料金のキップを買ってくれ、そのボタンを押せ、そして目的地についてからゆっくり精算しろ、いや、最低料金じゃなくたっていい、おれがわるかった、おれがわるかったから、謝るから、とにかくなんだっていいからキップを買ってそこからどくんだ、だってだって、もう電車が、電車が‥‥あっ、ほんとに電車がきちゃったっ、ホ、ホームにはいってきちゃったようっ、どどど、どうしてくれるんだああっ。だが、そのようなおれの悲痛なまでのこころの叫びに気づくオバチャンではない。あいかわらず、じっくりと腰をすえて、のんびりと路線図に視線をめぐらしている。そして、路線図料金表をながめだしてからおよそ18秒もの、おれにとっては気のとおくなるようなながいロスタイムを加算してオバチャンは、やっと、やっと、や〜〜っと、じぶんがいきたかった場所を路線図料金表で発見する。あったあった、そうか、280円か、オバチャンは納得してガマグチから小銭をとりだしはじめる。100円、200円、250円、260円、270円、271円‥‥、あらやだ、一円玉だしちゃったわ、これじゃなくて十円玉よね、ええと、十円十円、あと十円‥‥、あ〜ら、もう小銭がないわ、しょうがないわねえ、千円札で買いましょう。オバチャンのうしろでおれは、もはや失神寸前である。なっ、なっ、ばっ、なっ、あっ、くっ、ぐぐぐっ、ハタからみたらおれは、路上パホーマンスでオドリを踊っているバカモノのようにみえるかもしれない。オっ、オバチャンっ、オバチャンっ、うわあっ、いま、プシュ〜ってきこえた、電車のドアがあいた音だっ、電車がとまっちゃったんだあ、どうしようどうしよう、ハアハア。だがオバチャンはそんなことにはおかまいなしで、おれのまえで千円札のシワをのんきにのばしている。あら〜、このお札、なかなかはいらないわねえ、どうしてかしら、あらまたでてきちゃった、裏返していれてみようかしら、あら、これもダメだわ、じゃこんどは逆むきにいれてみようかしら。あ、はいったはいった、ええと、いくらのボタンを押すんだったかしら‥‥あれれ?いくらだったっけ? ええと‥‥。オバチャンはまた路線図料金表を確認する。経験的にいって、この路線図の再確認という行為が、おれにとって致命傷となるばあいがおおい。オバチャンはふたたび路線図をみあげ、2秒後にひとりうなずく。あ、そうそう、280円よね、にひゃくはちじゅうえん、と。おや、キップがでてきたわ、オツリもちゃんと勘定しなくちゃね。ひい、ふう、みい‥‥。そうして、オバチャンが券売機のまえにたってから、じつに48秒もの時間がすぎたのち、やっとオバチャンは目的地への乗車券を購入し、やっとおれに機械をあけわたしてくれる。すでにホームでは、電車の発車をしらせるチャイムがなりひびいている。だが、おれもオトコだ、ここであきらめるわけにはいかない。電車に乗り遅れたら、つぎの電車がくるまでおれは、15分もまたなければならないのだ! 15分、そんな、想像を絶するようなながい時間をまたなければならなくなるのだ! 恐怖のあまりおれは絶叫してしまいそうになる。310円、おれの右手にかたくにぎりしめられていた硬貨はおれのながしたアブラ汗のせいでてかてか光っている。その4枚の硬貨をおれは、パチンコ屋のスロットマシンで鍛えぬいた電光石火のハヤワザで機械に投入し、310円のボタンを、これまたスロットマシンで鍛えた黄金のおや指で百発百中の目押しをする。ああみえてスロット遊びもおもわぬところで役にたつ。パチンコ屋で神業とまでよばれた百発百中のビタ押しをする。ビシっ。乗車券がはきだされるのももどかしい、おれははきだし口に左手をいれて乗車券がでてくるのをまっている、そして券を手にいれるやいなやおれは、改札口へむかってダッタン人のように疾走を開始する。自動改札を障害物競走のごとくとびこえ、降車したひとのながれにさからってフットワークよろしくその波間をすりぬけ、ホームへの階段を一目散にかけおりる、それはブタの群れをかわしながらするするとすすむ力石徹の身のこなしから学んだものである、そうしてホームにたどりついたおれをまちうけているものは天国か地獄か、それはそのときの運命の女神様の気まぐれにまかされてる。とじかけた電車のドアの内側にヘッドスライディングできることもある。だが、絶望のどん底へたたきおとされることも、もちろんある。おれの六歩てまえで、二秒てまえで、電車のドアがとじられることもある。‥‥の、乗り、おくれ、た‥‥? そんなとき、おれはその場にへたりこむ。じぶんが戦いにやぶれたことをさとる。人生の落伍者、という烙印を押されたような気ぶんになる。そして、この世界を呪う。落伍者のまえを、動きだした電車が加速してゆく。電車の風にふかれながらおれはそれから、15分、つまり、きゅきゅきゅ、きゅ、900秒もの時間をあてもなくその場所でついやさなければならないのだという事実に、途方にくれる。せっかちは家をでると七人の敵がまちかまえている、みずから選んだ修羅の道とはいえ、せっかちのじんせいをまっとうすることは、はなはだ疲れるのだ。
●かけこみ乗車は危険です。
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