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おれのハハは旅行がすきで、ドラクエの主人公みたいにねんがらねんじゅう旅にでている。それも、いつのまにやらでかけている。なにしろ、どうもここ二日ばかりハハの顔をみないなあとおもっていると、じつはもう旅行にでかけてしまったあとで、熱海の旅館でお刺身をたべてたりする。うまれついての流浪の民というか、ここかとおもえばまたあちらというか、とにかくそういうヒトである。
旅行もあんまりヒンパンだと、でかけるほんにんもわけがわからなくなるみたいだけど、家にいるほうとしてはさらにわけがわからない。去年の暮れにもしばらくハハの姿がみえなくなったことがあって、夕食のオカズが日に日に貧困になっていくのにたえかねて「母上様はまたぞろどこかへおでかけでございましょうか」とチチにたずねると「常磐ハワイアンセンターへいった」という。もちろんおれは素直にしんじた。そんなふうにまがおでいわれて、それがギャグだなんて、わかるはずがない。
そしてそれから、ああそういえばと、ハハが失踪する直前にハハに電話がかかってきたのをおもいだした。マージャン仲間からで、これからマージャンをするのだけど、人数がたりないのでメンバーにまざってくれという、いつもの電話だ。そういえばハハはあのとき「これからハワイへいくので無理だ」とことわっていた。とうぜんのことながらむこうは信じない。「だからハワイにいくからだめなんだってば」とハハはくりかえすのだが、電話のむこうからわらいごえがもれてる。「そんなみえすいたうそをいうのはやめて、さっさとマージャンをやりにこい」といってるらしい。ハハも意地になって「ハワイだハワイだ」と呪文みたいにとなえてるんだけど、おしまいには「どういう用事があるのかはしらないが、二時間もあればいってかえってこれないか?」などとまでいわれてる。どうやって二時間でハワイまでいってかえってこいというのだろう? ひどい話ではある。でも、たしかに、ことわるにしてもハワイはあるまい、とおれもハタでながめていてそうかんがえた。誘うほうにしてみれば「いまからハワイいくからだめぇ」などとあかるくことわられたら、とうていしんじることはできないとおもう。どうもあの「ハワイ」というひびきには、たしかになにかうそくささがある。そもそも、なんだってハワイだなんて見栄をはる必要があるんだ? ハワイアンセンターと正直にいえば、マージャン仲間だってすぐにしんじたろうし「ああそれはスバラシイとこへいくなあ、よかったなあ」とうらやましがってもらえたのに、とわがハハながらなさけなくなった。
そういうわけなので、それから数日がすぎて、ハハが膨大な荷物をひきずりながら旅行からかえってきて、「アロハ〜」とえがおでおれによびかけてきたとき、おれはアゼンとした。それからてわたされたおみやげのTシャツのハードロック・カフェ・ホノルルの文字をみたとき、おれはその場にくずれおちた。じぶんが塩の柱になってしまったようなこころもちがした。いくらなんだってハワイアンセンターでそんなものをうってるはずがない。わがやのドラクエは、ほんもののワイハーへいっていたのだ。それから、数日まえの食卓でのチチのひとことがギャグだったのだとしって、脱力にくれた。
おれはしばしば「あなたの冗談はぜんぜんだれにもつうじないのが多いから気をつけなさい」と注意されるのだが、まだとうていこのチチの域にはおよばない。
注:ハワイアンセンターというのは、福島県にある娯楽の殿堂である。いまは名まえがかわってしまって、なんというのが正式名称だかしらないんだけど、とにかくイバラギ県民がハワイアンセンターとよびならわしている、そういうあこがれの享楽センターが福島県にある。たぶんこのへんの老人にたずねたら、ハワイよりもハワイアンセンターにいきたがってるひとのほうが多いんじゃないかとおもう。そういうのあこがれのパラダイスがある。じつはおれはながいあいだ「ハワイアンセンター」といえば、たとえば「東京ドーム」のように、日本人にならおおむねつうじる場所だとかたくなにしんじこんでいたのだが、ちかごろになって、愛媛県出身の女の子と島根県出身の女の子のりょうほうに「ハワイアンセンター」がつうじなくてびっくりしてしまい、疑心暗鬼になって説明をはじめてるわけだけど、常磐ハワイアンセンターって、あっちのほうにいっちゃうとほんとうにだれにもつうじないんだろうか? わからない。わからないけど、とにかくそういうのがあるんです。ハワイアンセンター。いいとこです。
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