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「ねえ」
「‥‥‥」
「ねえねえ」
「‥‥‥」
「ねえってば、ちぉっと、話きいてるの? ねえってば」
「‥‥‥うるさいなあ。森下さん、授業中に話しかけないでくれる?」
「だってたいせつな話なのよ。ものすごく。ちぉっと、きいてよ、こっちは真剣なんだからね」
「あのさあ、授業中に真剣に話さないでくれる? 森下さん、予備校になにしにきてんの?」
「‥‥わかったよ、もう話さない」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥ああ、はいはい、おれがわるかったよ。きいてやるよ、なんの話だよ」
「そんな、いやいやきかなくったっていい」
「はいはい。ちぁんとききます」
「まじめな話なんだからね。まじめにきいてよね」
「はいはい」
「あのね、くりたくんは、幽霊っているとおもう?」
「へ?」
「幽霊って、しんじる?」
「そんなの、どうまじめにこたえろっつうんだよ」
「じぁあいないとおもうわけね?」
「あたりまえだろ? それとも森下さん、ほんとにそんなのがいるとおもってんの?」
「あたしもいないとおもうけど」
「じぁ問題ないじぁん」
「でも、もしかしたら、ほんとはいるかもしれないでしぉ?」
「へ? おまえ、それ本気でいってんの?」
「本気っていうか、だって‥‥」
「なんだよ。なにがいいたいわけ」
「じつは、沖山くんのアパートに」
「まさか、幽霊がでるっていうんじぁないだろうね」
「そうなのよ」
「ぐっ(ふきだすのをこらえた音)」
「わらいごとじぁないんだから」
「ぐぐっ」
「沖山くんなんてほんとうになやんでんだかんね。今日だってすっごいやつれた表情だったんだから。わらっちぁわるいよ」
「ぐっ。わわわわらららない」
「ほんとうにもう」
「わらわないから」
「なんてひどいやつ」
「わらわないからおしえてくれよ。どんな幽霊がでるわけ」
「わらっちぁだめだよ」
「うん」
「なんかさあ、沖山くんのアパートって、すごいボロいんだってね」
「たしかにありぁボロい」
「なんか、イヨウなふんいきなんだってね」
「いわれてみればそうかもな」
「でさあ、沖山くんもまえまえから、どこかうす気味わるいものは感じてたんだってね」
「たしかに」
「くりたくんもそうおもう? じぁやっぱりほんとなのかなあ、でるのって」
「でるでるって、いったいどんなふうにでるわけ」
「さいしぉに気がついたのは十日くらいまえなんだって。流し場と部屋を仕切るのにガラス戸があるんだってね。それがさあ、夜中の二時ごろにいきなり、"カタ。カタカタ。カタカタカタカタ‥‥"って揺れだしちぁったんだって」
「スキマ風がふきこんでたんじぁないのか?」
「窓とかはぜんぶしめきってたんだって」
「だけど、だからって幽霊だなんて、おおげさすぎるよ」
「そうじぁないのよ。それがさあ、毎晩きまって二時ごろになると、"カタカタカタカタ"って、地震でもないのにそのガラス戸だけ揺れだしちぁうんだって」
「ふううん」
「ブキミでしぉ?」
「まあね」
「沖山くんなんて夜になるとこわくてこわくて一睡もできないんだって。ぜんぜん勉強なんてできないんだって」
「ぐっ」
「でも揺れるだけならまだよかったのよ。それがさ、きのうの晩、とうとうでちぁったんだって」
「うぐっ」
「いつものように二時頃になって"カタカタカタ"がはじまりだしたかな〜とおもうと、そのうちこんどは、たたみのしたからか天井のうえからか、どこからともなく、いまにも死にそうなだれかのうめき声がきこえてきちぁったんだって。『ウウウウウウウ』って」
「うぐぐっ」
「もう沖山くんはこわくてこわくて部屋になんかとてもいられなくって飛び出しちぁって、そのあとはずうっとマクドナルドで一晩じゅう時間をつぶしてたんだって」
「うぐぐぐぐ」
「このままじぁほんと勉強なんてできっこないし、だから沖山くん引っ越そうかとおもってるんだって」
「うぐっ。ぐふっ。ぐふぐふぐふぐふぐふぐふぐふ」
「あっっ、わらったっっ」
「ぐっ、ぐぐっ、ぐひーぐひー」
「あんたなんかに相談したあたしがバカだった」
「すすまん。ぐっ」
「もうたのまない」
「たのむって、なにを?」
「たのまないって」
「まさか、ぐぷっ、ゆゆ幽霊退治とか、うぷぷぷっ」
「ほんとに、なにがおかしいの?」
「おかしくない。ぐ」
「あんた沖山くんの友達でしぉ? 友達が困ってるのがそんなにおかしい? たすけてあげようっておもわないの? なんとかしてあげようっておもわないの?」
「なんとかって、ぐ、どうすんのさ」
「原因をつきとめるのよ」
「幽霊の?」
「そうよ」
「だけどどうやって?」
「しんないわよそんなの」
「おれだってしらないよ」
「だったらせめてたしかめてきてよ」
「幽霊を?」
「うん」
「ぐっ」
「くりたくんさっきからわらってるけど、ほんとはこわいんじぁないの?」
「おれが? まっさか」
「こわいのをわらってごまかしてるんじぁないの?」
「そんなはずないって」
「だったら沖山くんのとこに今夜でもいってあげて」
「おれはあんなところで寝たくない」
「ほらやっぱりこわいんじぁないの」
「そんなもんこわがるはずないだろって」
「だったら平気でしぉ? 沖山くんはもう部屋にかえりたくないっていってるんだよ?」
「べつにそれでいいだろ」
「あっきれた。ほんとにあんたそれで沖山くんのともだちなの?」
「ほっときぁいいんだよ」
「わかったよ。ほんっとにもうくりたくんにはアイソがつきた。ひどいとはおもってたけど、ここまでくさったヤツだとはおもわなかったよ。ともだちをみすてるなんて、それって人間として最低だよ? それだけはしちぁいけないことだよ? それでくりたくんはいいとおもってるのかもしれないけどね、でもいつかきっとぐだぐだぐだぐだぐだ‥‥」
「ああうるさい。しぉうがねえなあ。はやい話が、おれが沖山のアパートで寝ればいいんだろ?」
「べつに無理しなくたっていいよ」
「寝てもいいけどさ」
「無理しなくていいてば」
「無理なんてしてないって。平気平気」
「ほんとに? ああやっぱりくりたくんってそういうひとだったんだよね。ほんとはやさしいんだけど、それを素直にあらわせないだけなんだよね。てれてるだけなんだけど、でもほんとはぐだぐだぐだぐだ‥‥」
「寝てもいいけど」
「いいけど、なに?」
「でも、ひとりじぁイヤだな」
「じぁだれか誘えば?」
「森下さん、一緒にとまろうよ」
「ゑ」
「一緒に幽霊をやっつけようぜ」
「あたしわ‥」
「まさかイヤだとはいわないよな? さっきさんざんおれのこといいたい放題いっといてさ。友達じぁないのなんだのいっといてさ、いまさらイヤとはいわないよな?」
「そ、そうじぁなくて、あたしわ」
「あたしは沖山くんをみすてるってわけ? ひでえなあ。それでもともだちなのかよ」
「‥‥」
「おれもさすがにひとりじぁこわくって泊まれないし、これで沖山も二浪確定だな。かわいそうになあ。森下さんのせいかもしんないよなあ」
「わわ、わ〜ったわよっ。一緒に沖山くんとこいってやるわよっ。あたしは幽霊なんてこわくないっ」
「そうそう、わかりぁそれでいい」
「そのかわりくりたくんヘンなことはぜったいにしないでよね」
「ヘンなこと?」
「つまり、ヘンな、いやらしいこと」
「なにかんがえてんだよ。アタマおかしいんじぁねえの? おれがそんなことするわけないだろ? すこしはつつしめよなあ」
「いちおういっただけだよ」
「ったく、うつくしい友情に燃えるおれの気もちをけがさないでくれよ。ったくやる気なくすなあったくもう」
「‥ごめん」
「うむ。わかればそれでいい。じぁそういうことで、今夜いこうぜ」
「今夜?」
「はやいとこケリつけたほうがいいんだろ?」
「そうだけど」
「じぁ決まりね。今夜。わくわくしてきたなあ」
「でも」
「平気平気。おれがついてるから、森下さんは安心して、足をひろげてりぁそれでいいんだよ」
「あし?」
「あ、いや、そうじぁなくて、安心してくつろいでりぁいいんだってこと。幽霊なんておれにまかしときぁいいんだって」
「‥‥」
「へらへらへらへらへらへらへらへら」
♂
「もうすぐだね」
「なにが」
「もうすぐ二時」
「ああ、おばけの話ね」
「なんだかドキドキしてこない?」
「どれどれ」
「やだ、さわらないでよ」
「へらへら」
「まったく、こんなときになにをかんがえてんの?」
「こんなときもなにも、幽霊なんてでるわきぁないって」
「ねえ」
「なに」
「あたし、おしっこしたくなってきちぁった」
「なにい? またあ?」
「だってしたくなっちぁったんだもん」
「森下さん、なにキンチョウしてんだよ」
「くりたくんが緊張感なさすぎなんだよ」
「さっさとしてこいよ。場所はわかってんだろ?」
「ひとりじぁこわくていけない」
「こらこら」
「ついてきてえ」
「またかよお」
「おねがあい」
「おまえなんでいいトシこいてひとりでトイレにもいけねえんだよっ」
「だって廊下なんてマックラだしこわくてとてもひとりでなんていけないよお」
「じぁガマンしろよ」
「おねがい。一生のおねがい」
「おまえそれ、今夜なんかいめ?」
「五回め。一生のおねがい」
「ち。しぉうがねえなあ。さっさといってこようぜ」
「うん」
「それ(たちあがったおと)」
「ねえところでさあ、ほんとにでちぁったらどうする?」
「もうでてるよ」
「ゑ」
「森下さんのうしろに、ほら」
「ひっ。お、おどかさないでっ」
「へらへら。どれ、はやいとこすましちぁおうぜ」
「さきにいって」
「はいはい」
「うわ。なんでこんな暗いの?」
「ボロいアパートだよなあ。デンキくらい取りかえりぁいいのに」
「そうだよね」
「ほれ。ついたぜ」
「ぜったいここで待っててね」
「はいはいお姫さま」
「なんか歌ってて」
「き〜み〜が〜あ〜よ〜お〜わ〜」
「もっとあかるいやつ」
「ゆき〜のしらかばな〜みき〜」
「あたしがでてくるまでずっと歌っててね」
「ゆうっひが〜はえる〜、はし〜れとろいかほ〜がらかにす〜ずのねたかくううう‥‥おい、まだかよお。なっげえなあ」
「歌っててよお」
「 」
「だまんないでえ」
「ウウウウウウ」
「やめてやめてやめてヘンな声ださないでっ」
「 」
「だまんないでえ」
「ウウウウウウ」
「ヘンな声ださないでってばっ」
「 」
「ふつうに歌っててよお」
「ったく注文がおおすぎるんだよっ。まだかよお」
「おわったわよっ。なによ、おどかしてばかりいて」
「そっちこそ小便ばかりしやがって。ボーコーがちいさいんじぁないのか? だからモラシタさんとかいわれちぁうんだよ」
「そのいいかたはやめて」
「へっ。モラシタさ〜ん」
「ぶつよ」
「へらへら。ただいまーっと。‥あら? もう二時すぎてんじぁん」
「ほんとだ。なんにも起きなかったね」
「ほらね。こんなもんさ。おばけもおれさまにはおそれをなしたってとこかな」
「うそばっかり。ほんとはけっこうこわかったんでしぉ?」
「じぶんこそこわがってたくせに」
「だって」
「でもま、おれにまかしときぁだいじょぶってことだよ」
「ふうん」
「おばけなんかおれのエラサのまえには敵じぁないぜ」
「くりたくんてわりかしたよりになるんだね」
「わりかしじぁなくておれはたよりになるの」
「うん。みなおした」
「ほんとに?」
「うん。みなおした」
「じぁさあ」
「うん?」
「ごほうびに、♂らして」
「え?」
「♂らしてよ」
「だ、だめだよ」
「いいだろ?」
「ちぉっ、なに? やめてよ」
「いいだろって」
「だっ、だめ‥」
「すきなんだ」
「あっ、だっ」
「ぶちゅ」
カタ。
「ぶちゅぶちゅ」
カタカタ。
「ぶちゅぶちゅぶちゅ」
カタカタカタ。
「ぶちゅぶ‥‥‥へ?」
カタカタカタカタカタ。
「!」
「‥‥‥? どしたの?」
「あ‥あ‥」
「なあに? どうしたの?」
「あ‥あ‥あ‥」
「なによどうしたのよはっきりしなさいよ。あれ? ねえ、なんか、ヘンな音しない?」
「あ‥あ‥あ‥」
「あっっ。ゆゆゆゆゆゆゆゆゆれてるっっ」
「あがががががが」
「あああ、ゆゆゆれてるうっ。くりたくんっ、うううごいてるうっ。ひいいい」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
「あががががががが」
「なんとかしてえなんとかしてえっ」
「あががががががが」
「やっつけてえっ」
「あががががががが」
「いいいいくじなしっ。ふぬけっ。やくたたずっ。かいしぉなしっ。なななんとかしてえっ」
「あががががががが」
「くりたああっ」
「あががががががが」
ウ‥‥ウウウ‥‥‥ウウウウウウウ‥‥‥‥
「ちちちちちぉとなにこの声?」
「あが?」
「やめてやめてやめてやめてヘンな声ださないでっ」
「あが。あがが。あがががが(ちがう。おれじぁない)」
「じじじじぁだれの声なのよおおおっ」
ウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
「でっでっでっ」
「!!!!!」
「でたあああああ」
「えがあああああ」
「だれかたすけてえええっ」
「えがっえがっ」
「びええええええん」
「あぐっあぐっ」
「おかあああさあああああああん」
「あぐっあぐっ」
「びええええええ、おかあさあああん」
「あぐっあぐっ」
「びええええええええええええええええええええええ」
♂
「おまえってやつはほんっと、どうしようもないよね」
「‥‥‥」
「あんだけえらそうなこといっといてさ」
「‥‥‥」
「あぐっあぐっだって。ハハ。わら〜せんじぁない」
「‥‥‥」
「ふつう、女の子をおきざりにして、ひとりでにげる?」
「‥‥‥」
「へっ。なにが『すきなんだ』だよ。おまえは、すきな女の子をおいてにげるのか? おい。にげるか?」
「‥‥‥」
「だいたい、よくオメオメとあたしのまえに顔だせるね?」
「‥‥‥」
「はじってものはないの?」
「‥‥‥」
「ぶゎ〜〜か」
「‥‥‥」
「ばか。おい。ばか。返事しろよばか」
「‥‥うるさいなあ。授業中に話しかけないでくれる?」
「へん。ぶゎ〜〜か」
「なんだと」
「なんだよ。おまえなんか、怒ったってちっともこわくない」
「‥‥」
「こわくないよ〜だ。くちさきだけ。みかけだおしもいいとこ」
「‥‥」
「こんなブザマなやつみたことない」
「‥‥ところで、おかあさあああんとか泣きながら小便モラシちぁったのはどこのどなたでしたっけ?」
「ぱしっ」
「いてっ。なんだよお、ぶつこたねえだろお」
「それはだれにも内緒だって約束したでしぉっ?」
「だって、さきにけんかうってきたのはそっちだろお?」
「ぎいいい(にらむおと)」
「すくなくともおれは、泣きわめいたりはしなかったろ?」
「ぎいいい」
「だいたい森下さんがあんなおおごえで泣きわめくからパトカーがきて、おおさわぎになっちぁったんだろ?」
「ぎいいい」
「それなのになんでそういうのまでぜんぶおれのせいになっちぁうわけ?」
「ぎいいいいい」
「‥‥はいはい、どうせぜんぶおれがわるいんです」
「ぎいいい」
「おれはダメなやつです最悪です反省してます」
「ほんっと反省してよね」
「はいはい反省してます」
「あんたほんともう死んでいいよ」
「はいはいはいはい」
「ったくもう」
「でもなんだかんだいって、幽霊の正体がわかったのはよかったじぁん」
「まあね」
「あの部屋ってさ、沖山の部屋からいちばんとおいところにあるらしいぜ」
「そうなんだってね」
「びっくりだよな」
「うん。すごいよね。水商売のひとのエッチって」
「アパート全体がゆれちぁうんだもんな」
「ゆれちぁうんだもんねえ」
「でも、あのアエギ声はひどいよな」
「なんか、地獄のそこからひびいてくるかんじじぁなかった? ウウウって」
「うむ」
「もう二度と、あのアパートにはいきたくない」
「ほんと、ひどいめにあっちぁったよな」
「ひどすぎるよ」
「でも、沖山のなやみも解決したわけだし、これでよかったんじぁないの?」
「うん。それだけは、よかったよね」
「あと、なんでみんなが森下さんのことをモラシタさんていうか、わかったしね」
「‥‥‥」
「モラシタさんいちど病院いったほうがいいよ。その小便のちかさは異常だよ。そのボーコーのちいささはジンジョウじぁ‥」
「ばきっ」
「いてっ、おまえいま、本気でぶったなっ」
「おまえ、二度とそれをいったら、ころすよ」
「こ、ころすって、んなおおげさな」
「ぎいいいい」
「‥‥‥」
この話の教訓
「つうか、建物ゆらすなよ」
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