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●こうみえておれの顔はサングラスがわりとにあう。サングラス屋のおばちゃんがそう教えてくれた。あんたの顔はサングラスがにあう顔だよ、と教えてくれた。人間、なにかひとつくらいはトリエがあるものである。それで夏がくるたびにうかれてサングラスをかけていたんだけど、どうもなにかおかしい。なにかしっくりこない。どこがヘンなんだろうとクビをひねっていたのだが、ある日とうとつに、どこがおかしいか気がついた。左右の耳の高さがちがうのだ。ためしに左右の耳の穴に両手のひとさし指をつっこんで鏡をみると、あきらかに高さがちがっている。そういうひとがサングラスをかけるとどうなるかというと、極端にいうとこんなふうになってしまう。
こんな顔をつかまえてにあってるだなんて、サングラス屋のおばちゃんもよくいうよ。イロメガネ屋の人間のいうことほど信用できないものはない。ついでにいうと、あとおれは左右の足のおおきさもちがう。左のほうがすこしおおきくて、靴のサイズでいうと、左が26センチ、右が25.5センチのやつがぴったりだ。こういう足をもっていると、靴をかうときにこまる。どうして靴は右と左でバラ売りしてくれないんだろうとつねづねおもっている。
●ところで、サングラスのよいところは、サングラスをかけただけで、世界がそれまでとちがってみえるところだ。なにしろイロメガネというだけあって、世の中にイロをつけてみちゃうのだ。サングラスをかけていると、なんだかべつな世界にまぎれこんだような気がする。なんだかべつな世界で、なんだかいつもとちがったことができるような気がしてくる。ようするに、サングラスタイプの人間に変身できる。サングラスをかけただけで。
●ぎゃくにサングラスのよくないところは、アイコンタクトがつかえなくなるところだ。じつはおれはアイコンタクトにかんしてもちょっと自信がある。人間、なにかふたつくらいはトリエがあるものである。しかもこのアイコンタクトというのは、夏につかわれることがおおい。というか、おおかった。たとえばともだちと海にナンパにでかけたときに、
「お。いますれちがったの、ちょっとよくない?」
「じゃ、声かけてみる?」
「うん。あ、でも、もうすこしまわりをみまわしてからにしようよ」
「それもそうだな。あ、あそこで寝そべってるふたり。あのぴかぴかした水着のと、黒い水着のと、あのふたり、あれなんてどう?」
「ちょっとまてよ、それよりおれ、のどかわいちゃったんだよな。さきにビールかってきて飲もうよ。おれがかってくるから、おまえ、どっか場所とっといてよ」
「よし、わかった」
と、だいたいこれくらいのことは目だけで会話できてしまうんだけど、サングラスをかけているとこれができない。
●なかなかうまくいかないものである。
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