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●いぜん、女の子のアパートでぐだぐだしていたらともだちの女の子がふたりきて、彼女たちがぎょうざを焼いてくれるというので、ごちそうになることにした。ぎょうざも焼けて、ごはんもたけて、さあいただきましょうというだんになって、おれはひとまずビールがのみたかったので、めしはあとでいいと宣言し、ビールをのみだした。彼女たちがめしをくうなかでおれはひとりビールを気がすむまでのみ、ひとだんらくしてからめしをくった。そういうことがあってしばらくしたあるばん、「そういえばあのときはありがとう、彼女たちも感心していたよ」と彼女に感謝された。おれにはなんのことかさっぱりわからず、たしかにわしはみなからつねづね感謝されてしかるべき偉大な人物ではあるが、こたびのむすめたちにおいては、いったいわしのなにに感心したのか、くるしうない、もうしてみよ、とうながすと「だって、あのとき茶わんがたりなかったでしょう? だからビールをのんでくれていたんでしょう?」と、彼女はいう。それでもまだおれはなんのことかのみこめず、しばらくかんがえこまねばならなかった。そしておれが帰納的に推測した事情はこうである。
→そもそも彼女のアパートには茶わんと汁わんがそれぞれみっつずつしかない。
→にもかかわらず、あのときは四人のにんげんがばんさんをともにした。
→するとおのずと、そのうちのひとりがフォーマルな茶わんからあぶれることになる。
→その危機的状況のなかでおれは、おもむろにビールを所望してのみはじめた。
→彼女たちが食事をおえたあとでおれはめしをくいだした。
→女たちは感心した。
●そっ、そうだったのかっ、とおれはひざをハタいた。おれがひとまずビールをのみだしたのは、たんに欲望のめいずるままにとった行動であって、そのさい、感心されるような気くばりはまったくはたらいていなかったのだが、無意識のうちにまで気くばってしまうとは、われながらソラおそろしくなるほどのデキたひとである。彼女もおおいに感心している。せっかく感心してくれてるんだからがっかりさせるのもわるいとおもい「ま、当然だよ」とこたえておいたのだが、しかし、そうこたえるまでに三秒ほどのタイムラグが発生してしまったのが致命的だったらしく、どうやらおれが結論をえるまでの帰納法をすっかりみすかされてしまったらしく、さきほどまでの尊敬のまなざしが彼女の視線からすっかりきえていたのは残念なことであった。
●この話の教訓
「だれかにほめられたときは、なんでほめられてるのかわからなくっても、そくざに胸をはっておくにかぎる。なんでほめられているのかをかんがえるのは、その晩の寝床のなかでもおそくない。」
●ところでここでちょっと気にかかるのは、めしがたきあがったとき、女の子たちがみんな、茶わんの数がたりていないことに気づいていて、その問題をどうするかとひそかになやんでいたことについてである。部屋のあるじである彼女が茶わんの数を把握しているのはあたりまえだとしても、ともだちのふたりの女の子もまた、茶わんの数を把握していたというのは、これはいったいどういうことか。男の子はふつう、めしをたいてもそのときに、茶わんの数のことなんてかんがえていない。おれだけなのかもしれないけど。でもふつう、かんがえてないような気がする。ところがあのときの女の子たちは、あたりまえのようにそのことについてかんがえをめぐらせていた。あの連中のエタイのしれなさは、そういうところにある。おれなんかがおもいもよらないことをあいつらはとうぜんのようにかんがえている。「氷山のすごみは、8分の1しか水面上にでていないところにあるのだ。」というやつだ。むすめたちよ、きみたちはエタイがしれんことがある。ときどきわしはおっかなくなるぞ。
●でも、もしかしたら問題は、男の子と女の子のちがいではなくて、たんにこのわしがまぬけなだけなのかもしれないという不安もぬぐいきれずによこたわっていて、それでよわっているめんはある。
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