[2000年9月10日] お説教
ハンバーグ定食(ひる)
牛丼。ビール(ばん)

●たれられがちな説教つうものが世の中にあって、たとえば「言葉のみだれがどうこう」というアレである。「ちかごろの言葉のみだれときたら、なにがなんだかさっぱりわからん。もっとちゃんとにんげんの言葉を話せ」というアレだ。新聞でたれられる。雑誌でたれられる。テレビでたれられる。一回や二回ならまだ感心したそぶりでたれさせてやれるけど、冗談ぬきでもう百回はたれられてるので、とてもじゃないがまともにはたれられてられない。なんだってこう「言葉のみだれがどうこう」といいたがるひとがおおいんだろう。
▼ついでにいうと「ちかごろの性のみだれがどうこう」とたれたがるひとというのも、しょっちゅうみかける。このみだれにかんしては、言葉のみだれよりなんどもたれられてるような気がするけど、でもいまでもおおいにたれさせてやれられる。単純に、興味というモノがあるからだ。ところでこの「たれさせてやれられる」という日本語は、これであってますか? みだれてない? すくなくとも「ら抜き」ではないですよね。それともねんのために、多めにらをいれとく? たられらさせてやられらられる。どうだ。これなら文句あるまい。
●というわけで日本語のみだれがどうこうの話なんだけど、そもそも言葉というのは、みだれるものじゃない。たしかに変化はする。けれどそれは、みだれたのではない。みだれるというからには、ととのっている言葉というのがあるはずだ。それは、日本語でいうなら、いつの時代のどのひとたちが使っていた言葉なのだろう。たとえば二千年むかしに穴ぐらでクマの毛皮を身にまとって生活していたひとの言葉を正しい日本語だとすることにして、あるいは、千三百年まえに奈良にいたひとたちの言葉を正しい日本語だとするとして、または、いまテレビでニュースをよみあげてるひとの言葉をただしいとすることにして、そのたいろいろ、なんでもいいんだけど、なにか手本になる日本語をひとつきめることにして、それが正しいなんてどうしていえるんだ? その言葉を手本にして、みんなおなじ言葉をはなしなさいと、どうしてそんなことがいえるんだ? 聞き慣れた言葉というのはたしかにある。整合性のあるようにみえる言葉というのもたぶんある。でも、それが正しいといえるひとなんて、どこにもいない
▼ここでオモムロに性のみだれがどうこうにかんしてものべておくと、コホン、もちろん体位は変化する。そしてムロンそれはみだれたのである。みだれてなにがわるい。みだれなかったら性じゃない。かずある体位のうちで正しい体位とはなにかというと、これにはもうなまえからして正しい「正常位」というのがある。いったいそれのどこが正常なのか、正常というからにはそれ以外はみんな異常なのか、しみじみかんがえるとずいぶん横暴な話で、ずいぶんと横暴な正常位ではある。だけど「これが正常位というものだっ」と図いり解説されてしまったらもう、はいそうですかと中学生諸君はうなずくしかない。性の世界は横暴なのだ。基本的に。性のみだれが気になるみなさんは正常位でイタしましょう。それならみだれません。援交も正常位なら大丈夫。たぶん。
●それで気になる性の世界はおいといてまた日本語の世界なんだけど、あるいはひゃっぽゆずって、いまの言葉がみだれているとして、それならおれはこうおもう。言葉というのは、みだれていなかったら、そんな言葉はもうおしまいだ。性とおなじだ。みだれてナンボなのだ。なんかそういう歌がありそうですね。「みだれてマンボ」とか。ってこれいじょう関係ない話をしだすと収拾がつかなくなるので言葉の話にもどすけど、みだれてない言葉なんていうのは、死人の言葉だ。二千年むかしのローマの言葉なら、そりゃみだれないだろう。本のなかでしかみかけないような言葉だからだ。だけどおれたちの日本語はちがう。この島にすんでるたくさんのひとたちが日常でつかっている言葉だ。きょうもたくさんのひとがたくさんの日本語をしゃべった。それぞれの事情をかかえて、それぞれのおもいをつたえるために、いったいどれほどの日本語が発せられたのか、想像しただけで気がとおくなる。気がとおくなるほどの言葉の海の波にのまれておれたちは生活している。あっぷあっぷとおぼれてるようにさえみえる。みだれないはずがない。これでみだれなかったら、おれなんかは逆にキモチわるくなっちゃうよ。おれたちの日本語はもっともっとみだれるべきだ。ぐちゃぐちゃにみだれて、みだれぬいたそのさきにすばらしい日本語があるのだ。「あるのか? ほんとにあるのか?」とつよくたずねられると、ちょっと自信がないですけど、ええとどうでしょう、そうなんじゃないかなあ、という気がちょっとします。
▼それなら性の世界はどうなんだと、たしかにそれは気にかかることですね。先生も気にかかります。ベッドのうえでみだれぬいたそのさきにすばらしい世界はあるのか、気にかかります。がしかし、先生もおとなです。みなまではもうしますまい。ここからさきは各個人の研究におまかせします。ところでどうでもいいけどこの「性」といういいかたはなんとかならんのか。
●ではソーロンです。カタカナでかくとソーローみたいでヘンですね。総論です総論。言葉にただしいもまちがってるもありません。正常位も後背位もありません。ブツダンガエシもホカケブネもありません。ゆいつあるのはフランス語です。ってなにがいいたいんだかわかりませんが、とにかくそういうことでみなさんすきかっておもうさまいいたいほうだいいいましょう。「それでも正しい日本語はあるのだ」と主張したいひとはどうぞ主張してください。かってに正しい日本語をつかってください。「そんなのシルカ」というひとはどんどんシルカな日本語をつかってください。そういうのがまじりあい、とけあったすがたというのが、もしかしたら、正しい日本語なのかもしれない。「正しい日本語」なんてものがあるとするのなら。
▼正しい性にかんしては、いよいよもってしりません。じぶんのことで手いっぱいで、ひとのことなんてかまってられません。みなさんすきにしてください。ホカケブネしゅらしゅしゅ。

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