[2000年10月2日] ‥‥‥
菓子パン(あさ)
とりのあげたののあますあんかけの定食(ひる)
とんかつをたまねぎとにてたまごでとじたの。めし(ばん)

●それにつけてもどうも心霊現象とかそういうたぐいに縁があまりなくて、じつをいうとわりと「こわいモノ好き」なので、月にいちどくらいずつ心霊体験をしてこわがりながら平和に暮らしていくというのが理想なんだけど、そういういみではかなりさびしいじんせいをおくっている。平和というめんではまずまずなんだけど、心霊のめんではかなりさびしいものがある。かといってまったくなかったかというとそうでもなくて、おぼえているのは小学6年生のときに、肺のわずらいでながいこと入院していた祖母が死んだんだけど、その前日の夕方におかしな電話がかかってきたことだ。ベルがなって、でてみると無言電話だった。もしもし、もしもし、とおれはなんどもたずねたはずだとおもうんだけど、相手はなにもいわない。かわりに、ざわめく音がきこえるだけだ。駅のホームの雑踏みたいな音がずっとつづいていて、おかしな電話だなあとおもったやさきに、三つかそれくらいの女の子のこえで「あのね、おばあちゃんが死んじゃったの」ときこえてきた。祖母が死んだのはその翌日で、どういうわけかおれはこの電話のことをすっかりわすれていて、それからひと月かそれくらいしてふとおもいだした。そういえば、ばあちゃんが死ぬまえの日に、おかしな電話がかかってきたっけなあ、おばあちゃんが死んじゃったの、と女の子がいってたっけなあ、とおもいだした。でもこわいというおもいはなかった。そのときもべつにどうともおもわなかったし、いまもぜんぜんこわいとはおもっていない。ただ奇妙なことだったなあとおもうだけだ。とはいえ、もちろん、そのことがあってからはしばらくは、無言電話がかかってくるとちょっといやなおもいをしないわけにはいかなかった。ちょうどその時期になぜか無言電話がなんどもかかってきたのだ。そのたびにいやな気がした。かんがえてみれば電話というのはどこにつながってるかわからないわけで、どこからかかってきているかわからないわけで、それってちょっと不気味じゃない? もしかしたら霊魂の世界からかかってくることだってあるかもしれないよ。ほらほら、いってるそばからケータイなりだしたよ、でなくていいの? ‥‥なんてね。
●ところで無言電話といえば、十年ばかりまえにすごい新聞記事をみたことがある。「無言電話4万回」という見出しのちいさな記事で、ようするにそういう迷惑きわまりないひとがいて、あまりに迷惑だったので警察につかまりました、という話なんだけど、記事は事件のあらましをつたえたのち、さいごにこうとじられる。「A容疑者は調べに対し、黙秘しているという。」おれはこの記事をみたあと五分くらい爆笑してしまった。断言しよう。これを書いた記者のひとは、おしまいのこの一行でぜったいにわらいをとりにきている。もしも興味があったら、そして朝日新聞のデータベースを利用できる状況にあるのならみてみてください。1990年5月15日の朝刊の三面記事です。なんでこんなふうに日付を特定できるのかといえば、わたしには新聞記事のきりぬきというひみつの趣味があって、とうぜんこの記事もきりぬいたからです。いや、記事の傑作だよこれは。

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