[2000年10月30日] H
菓子パン(あさ)
うどん(昼)
すきやき。大根と魚のにたの。めし(夕)

●芳賀書店ていうふるびた本屋がいぜん神田にあって、その本屋のまえをとおるたびになにかこうつたわってくる波動というものがあって、とうとうあるひガラス戸をあけてエイヤと店にはいると、やっぱりすごいとこでした。店内の壁という壁がぜんぶビニールにくるまれた藝術写真集にうめつくされてました。そのころおれは予備校生で、そのとしの春までは高校生だったわけで、町のカワラザキ書店の貧弱な藝術書コーナーでみせのおばさんのハタキ攻撃をかわしながら「映画の友」とかをながめてよろこんでたイバラギのいち高校生にしかすぎなかったわけで、これがいきなりそんなとこに足をふみいれてしまったんだからそりゃびっくりする。駄菓子屋のふるびたパチンコに興奮していた小学生がいきなりラスベガスにきてしまったみたいなもので、あいだの過程をぜんぶすっとばしてフタをあけたらあがってた天和みたいなもんで、こんな夢のような本屋を世界のかたすみに用意してるくせにおれに内緒にしとくなんて神様もみずくさいとおもいました。しかも店内が熱い。五分もいたらじっとりと汗ばんでしまうくらい熱い。本をつつんでるビニールが湿気でくもっちゃうくらいで、なんだとおもってあたりをみまわすと客がみんな集中して表紙を穴のあくほどみつめてるもんだから、みつめられた本が熱をもっちゃってるんだと気づきました。あ、いいわすれてましたが客は満員御礼です。6時54分藤代発上野行きの常磐線くらいの混雑状況です。これがみんなして全身の体温をあつめて黒目の穴から本の表紙にむけて放射してるもんだからもう本が熱もっちゃって大変なんです。おまえらみんな平日のヒルマっからそろいもそろって貴重な食料エネルギーから得た体温をそんなふうに本をあっためることにつかいおって、ほかにやることはないのかっ、と一喝してやりたかったですが、かんがえてみたらわたしもほかにやることないひとりなのでひとのことはいえませんでした。ほかのみなさんにならって放射を開始しました。
●そんでこの芳賀書店がやがてどうなったかというと、たぶんいまでもあります。おれが足をふみいれた木造のちいさな芳賀書店はなくなったけど、べつな場所に巨大化したのがあります。ちょうどこの店のはすむかいくらいにおれがすきだったウニタ書店というのがあって、おそらくある世代のひとたちにはゆうめいな左翼の本屋だとおもうんだけど、この本屋がなくなるのとほぼおなじくらいに、やや離れたところに巨大な鉄筋のビルができまして、屋上の「H」の看板が目にいたいほどのビルができまして、きえゆく本屋あれば巨大化する本屋あり、うつろうときの無情に身のふるえるおもいがしました。「ビニ本」という言葉が世間にひろまる直前のころの話です。

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