[2000年10月31日] 深い夜
菓子パン(あさ)
たんたんめん(昼)
すきやき。すし(夕)

二十代のなかごろにともだちの女の子が新宿ののみやでアルバイトをはじめて、それでなんどか店にあそびにいったことがある。雑居ビルの地下にあるちいさな店で、カウンターのほかには四人がけのテーブルがひとつあるきりの、十人も客がはいればいっぱいになってしまうようなところだった。そこで彼女は店主とふたり、ビールの栓をぬいたり氷をくだいたりしていた。ある夜、そこでおれがともだちとビールをのんでいると、たちのわるい客がはいってきた。ネクタイをしめた四十代くらいの男で、ひどく酔っていた。カウンターの端にこしをおろしてとぐろをまいていたのだが、そのうち、もう一方の端にすわっていた二人連れの客をののしりだした。毛唐はクニへかえれ、とかなんとかいっているらしかった。ののしられた二人の客は白人で、かたほうはとしのいったメガネの男で、もうかたほうは髪をみじかく刈りあげた若者だった。このふたりに男は酔ってろれつのまわらなくなった舌でわけのわからないインネンをつけていた。むなくそが悪くなるインネンだった。店主もおなじおもいだったのだろう。店主はカウンターのなかからでてきて、お客さん、あんたはもう家へかえったほうがいいよ、といいながら男のえりをつかんで店の外へつれだしてしまった。そのあとも外では男がわめく声がきこえたが、しばらくすると静かになり、店主がたばこをくわえてもどってきた。なにごともなかったみたいにカウンターのなかのじぶんの場所にもどり、ウイスキーをのみだした。いつもはそこでにやにやしながらウイスキーをのんでいるだけの店主だったので、おれたちはかれをちょっとみなおした。からまれた二人の外人が店主に感謝した。いいえ、不快なおもいをさせてしまってすみません、と店主はぎゃくにあやまった。そんなことはない、ここはいい店だ、とかれらはいった。それから、おかしなことをいいだした。おれたちはマントバーニ楽団の楽団員なのだが、きょうのお礼にここで演奏をしてあなたに聴かせたい、いいだろうか、というのだ。店主はびっくりした顔をしたが、すぐにいつものにやにやわらいをうかべてうなずいた。じゃあ明日、またここで、といいおいて男たちは店から消えた。つぎの夜、半信半疑でおれたちが店にいると、ずいぶん夜もふけてからほんとうにかれらは楽器を手にしてあらわれた。店にはもうおれと、おれのともだちと、店主と、女の子の四人しかおらず、そのなかで二人はケースをあけて楽器をとりだした。年をとったほうはホルンで、若いほうはウッドベースだった。和音をだす人間がいなくちゃ音楽にならないだろうといぶかったが、すぐにおもいしらされた。楽器というのは、弾ける人間が、あるいは吹ける人間がそれを手にすれば、はじめの一音をだしただけでもう音楽なのだ。その夜、おれは音楽に圧倒された。マントバーニ楽団なんてそれまでのおれにはなんの関係もない、日曜日のNHKのFMでながれてるような印象しかなかったのだが、その考えをあらためさせられることになった夜だった。

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