[2000年11月3日] 実況
きょうはめしはまだです

●痛い人生でした。生涯をつうじてさまざまな痛みというのを体験してきました。赤ん坊のときべつな赤ん坊にチンポコをかみつかれて無理矢理に割礼をされたのを皮切に、頭痛腹痛腰痛胃痛姦通神経痛生理痛と、すいません、こそっとまぜてしまいましたが生理痛はありません。あと姦通は痛くありません。どちらかというと心地よいです。でもそれ以外のほとんどすべてのありとあらゆる痛みは体験し、痛いほどわかっているつもりです。たんすのカドにイヤというほど足の小指をぶっつける痛みはいうにおよばず、異性と夜のアパートの一室にしけこんで同衾したはいいものの突然の腰痛におそわれてカラダがいうこときかず、にっちもさっちもいかなくなっているところをくだんの異性にハナでわらわれたときの心痛など、生涯けっして癒されることはないだろう痛みだってわかっているつもりです。そういった七転八倒人生の数ある痛みのうちで最悪なのはなにか。歯痛です。最凶最悪にして最痛、それが歯痛です。これにくらべたらほかの痛みなどそよ風のひなたぼっこです。
●ってどうも文章の調子がヘンなのでいつもの調子にもどしますが、ハイタがとうとう我慢ができなくなって歯医者にかよってるんだけど、ところがこの歯医者さんというのがけっこうこまったひとで、どうこまるかというと、ひとりごとがおおい。ひとりごとといっても「死ね死ね死ね死ねみんな死んでしまえ」と回転するドリルの先っぽをみつめながらぶつぶつつぶやいたのち、オモムロにおれのくちに迫ってくるとか、そういうわけじゃないんだけど、それでもけっこうこまる。どうもこの歯医者さんは、おもってることをしゃべってしまうたちのひとらしい。こないだは虫歯の神経をぬくというのをしてもらったんだけど、具体的になにをどうしてくれたのかはよくわからない。なにしろじぶんの歯のなかなんてみえるわけはないし、たっぷりと麻酔をされているから、なにをされてるのかよくわからない。もしかしたらドリルで奥歯の裏にS・Hとかなんとかイニシャルを彫られてたとしてもわからない。ともかく歯医者さんはおおきくあけたおれのくちのなかにドリルだとかさきのまがった針だとかをつっこんでぐりぐりしてくれたんだけど、そのときの心情をちくいちくちにだすのだ。チュイーンチュイーンがりがりがりと歯をけずる音のあいまに歯医者さんのつぶやきがきこえてくる。
「あれえ、どこにあるのかなあ、わかんないなあ。」
「あ、これかこれか。」
「うわ、やっかいだなこれ。」
「30じゃはいんないな。」
「まがりくねってるよ。」
「なかなかとれない。」
「あ、こんなにくいこんでる。」
「これはかなりまえから痛かったでしょ。」
「ところできみ、しってるかね、人間の健康な歯というのはおどろくほど敏感なものでね。うひひひ、チュイ〜〜ン。」
とかなんとかいうかんじで、えんえんとしゃべってるのだ。もちろんおれはききたくない。ききたくないからきいてない。でも耳にはいってくる。けっこうこれは拷問である。なにしろじぶんのくちのなかでの出来事の話なので、そんなふうに感想をもらされても意味がわからない。サッカーのラジオ中継をきいてるよりもわからない。でもなにか、かならず気がかりな単語がなかにまじっている。だいたい歯医者がくちのなかをのぞきながら「わかんないなあ」とかいっちゃいけないよなあ。それだけはいっちゃいけないよ。それはみなさんそうおもうでしょ? でもこんなのはまだましなのであって、いちばんびびったのは、治療のおしまいのころにかれがもらしたつぎの一言であった。
「あ。」
しかもこの言葉をもらしたのは歯医者さんだけではなくて、となりでおれのくちのなかにチューブをつっこんでいた助手役の看護婦さんも同時にもらしたのだ。このときにかぎっては、ふたりそろって、それも同時に「あ。」ともらしたのだ。なっ、なに? なに? なにがあったの? というかんじで、おれはおもわずとりみだしてしまった。おまけにそのあとトドメの一言というかなんというか、その直後に、歯医者さんはおれのくちのなかをいじりながらこうもらしたのだ。
「あちらをたてればこちらがたたず、か」
なっ、なんだよ、その捨てぜりふみたいなのはよう。おまえ、ひとの歯だとおもっていい加減な仕事してんじゃないだろうなあ。たのむよう。あっちもこっちもたててくれよう。なにをたてるんだかしらないけど。
●ところで「健康な人間の歯というのは‥‥」の一行は冗談です。さすがにそこまではいいませんでした。ここのところはいぜんみた「マラソンマン」ていう映画の拷問シーンにでてきたセリフです。そういいながらダスティンホフマンを歯科器具でチュイ〜ンと拷問するシーンがあった。悪夢である。

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