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しばらくまえのことなんだけど、公園のベンチにひとりでこしをおろしてぼけ〜っとしていると、むこうから上品そうなみなりのおじいちゃんとおばあちゃんと、五歳くらいの女の子がやってきた。孫をつれて公園に散歩にきたおじいちゃんとおばあちゃんという感じで、ほほえましい光景である。三人がおれのかたわらまできたときに、女の子がたちどまった。そこにはアイスクリームの自動販売機があって、女の子はおねだりをはじめた。おばあちゃん、アイスクリームかってえ、これえ、わたし、これえ、と自動販売機に描かれたストロベリーかなにかのアイスクリームの絵をゆびさしている。おばあちゃんが笑顔ではいはいとこたえたのはいいのだが、そこでおもむろにおじいちゃんと相談をはじめた。なにかちょっとようすがおかしい。ふたりのこえがきこえてきた。
「これをおすんじゃないかしらねえ」
「おしたらどうなるのかな」
「するとここからでてくるんじゃないですか」
「なるほど」
「ちがいますかしらねえ」
「おしてみなさい」
「はい。ぽち(おしたおと)」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「でてきませんねえ」
「ううむ」
「どうしてでしょうねえ」
「ああ、まずおかねをいれるんじゃないかな」
「ああ、さきにおかねをいれるんですか」
「きっとそうだよ。ためしてみなさい」
「でもどこからいれるんでしょう」
「どこだろう」
なにいい? うそだろう? とおれはたまげてしまった。いくらなんだって、自動販売機のつかいかたがわからない人間がこのくににいるなんて、しかもふたりともそうだなんて、そんなはずはないとおもうんだけど、でもどうみてもこのふたりは自動販売機をまえにしておもいなやんでいる。とてもしんじられなくて、それでいよいよよく観察してみると、なんだかとてつもないお金持ちみたいである。だいたい、このひとたちはいまこまっているはずなのに、表情がちっともこまっていない。しゃべりかただって余裕しゃくしゃくで、小津安二郎の映画みたいである。そうやってのんびりと老夫妻はなやんでいたのだが、子供のほうがよほど自動販売機のなりたちを理解していて、おかねはあそこにいれるのお、はやくはやくう、とおばあちゃんにおしえてあげている。あらあ、そうなのお、おりこうねえ、とおばあちゃんがいわれたとおりにおかねを投入しておそるおそるボタンをおすと、アイスクリームがでてきた。
「おお」
「まあ」
「これはすごい。すごいなあ」
「すごいですねえ」
おじいちゃんとおばあちゃんはおたがいのかおと自動販売機を交互にみて感激しあっている。そんなにすごかったですか、自動販売機。でもおれは、あなたたちのほうがよほどすごいとおもいました。ちょっと神々しいぐらいに。
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