| [2000年11月23日] オスカル |
| チキンカツ定食(ひる) かつ丼。きむち(ばん) |
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学生のときに歌舞伎町の寿司屋でアルバイトをしたことがある。とうじのバンドの仲間にイチハシというのがいて、そいつの家業が寿司屋で、店がいそがしいので手伝ってくれとたのまれた。一晩やると一万円もらえた。とうじそれだけくれるアルバイトというのはなかなかない。おまけに寿司はくいほうだいである。くいほうだいというか、店の二階が宴会場になっていて、宴会のあとかたづけのときにあまりものの寿司をてあたりしだいにくちにつめこむだけのことなんだけど、これがめっぽううまい。いちいちあじわってるヒマはないので、おもいきりほおばる。いっぺんに五カンくらいくちにいれて、それから天井をむいてくちをあけてそこにしょうゆをそそぎこんだりする。でも、そうやってたべても寿司はやっぱりうまかった。たべきれないほどの寿司がのこっているときは、うえにのっているまぐろのおさしみだけ十枚くらいいっぺんにたべたりした。そうやってたべてもやっぱりうまい。寿司というのはつくづく偉大な食品である。でもそこでのおれの仕事はあまった寿司をたいらげることではもちろんなくて、宴会場に料理やビールをはこんだり、かたづけをしたり、あとは日本酒のお燗をするのと、米をとぐことだった。どちらかというと、米をとぐのがメインだったようにおもう。どういう理由があるのかはしらないが、寿司屋というのはしょっちゅう米を炊く。いっぺんに大量に炊けばいいのにとおもうんだけど、なぜかそういうことはしない。ちょっとずつこわけにしてなんども炊くのだ。必然的に、しょっちゅう米をといでいる人間が必要となる。それがおれだった。そうやって寿司屋をてつだって半月ばかりしたある晩、カウンターの裏の流し場でれいによっておれが米をといでいると、いっしょにみせを手伝っていたイチハシがかたわらにきて、おい、あいつ、どうおもう、とおれにきいた。あいつというのは、カウンターのなかにいる若い職人のことだった。そこにはふたりの寿司職人がいて、かたほうは店主で、イチハシの親父だ。そのひとは、カウンターに腰かけた客に寿司をにぎっていた。もうひとりは髪をみじかく刈り上げた、二十歳くらいの若い職人で、二階の宴会客や出前用の寿司をにぎっていた。その若い職人について、どうおもうかときかれた。しかしおれにはどうもこうもない。なんのことだよ、とおれがぎゃくにたずねると、あいつは女なんだよ、とイチハシは小声でいった。おまえ、あいつがしゃべるのをきいたことあるか、ないだろ。声をだすとばれるから、それであいつはいつもだまってるんだよ。女がにぎってるとわかると客はいやがるからな。でもあいつはどうしても寿司職人になりたいらしくて、その気もちがあんまり真剣だったから、それでうちの親父が面倒みてやることにしたのさ、とイチハシはいった。へえ、とおれは感心した。それから気をつけてその若い職人をみるようになった。たしかに、いわれてみれば女だ。でも、おしえられるまではおれにはわからなかった。おれにとって、女の寿司職人をみるのはそれがはじめてだった。 |
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