[2000年12月3日] フランクザッパを崇めよ皆の衆
ベーコンエッグ。きむち。めし(ひる)
かにたま。ぎょうざ。めし。ビール(ばん)

 やがてフランクザッパの音楽作品が地上の音楽を席巻し支配するようになるというのは、おそかれはやかれそうなるだろうというのは、これはもうあたりまえのことです。歴史的必然といってさしつかえないでしょう。そのたのたいくつな音楽はすべて滅亡し、ただフランクザッパのみがのこる。ひとはフランクザッパのみをきいていきていくというのはもう、約束された未来なんです。ゆくゆくはそのたのあらゆる外食産業が滅亡し、ゆいつ富士そばチェーン店網が全世界的にはりめぐらされて、人類の外食といえば富士そばの立ち食いうどんを意味するようになるであろうこととおなじくらいに約束された未来です。だれがなんといおうとそう約束されてしまっているんです。だからもう、いいかげんみなさん気がついてください。世の中に音楽なんてものはありません。音楽らしきものさえありません。ゆいつあるのは、フランクザッパです。これ以上おおくはもうしません。みなさん、フランクザッパをききなさい。フランクザッパだけをききなさい。いいとおもえるまでききなさい。それがフランクザッパ後に生をうけた人類のつとめです。
 というわけで、12月4日はフランクザッパの命日。その前夜にあたる今日、なにかかれにちなんだことをはなすわけですが、どのへんでじぶんはフランクザッパの沼にずぶずぶとしずんでいくことになったのか、そのきっかけとなった曲をはなしておきましょう。おれのばあいは「溺れる魔女」でした。大学の庭でエビサワくんがウォークマンをききながら陶酔していたので、なにきいてるの? とたずねたらきかせてくれたのが「溺れる魔女」と「十代の売春婦」のメドレーでした。ききながら「これは不可能だろう」とおもいました。でもその不可能がじっさいに演奏されている。しかも曲のおしまいに歓声があって、どうやらこれはライブならしい。このレコードのタイトルをおしえてもらって、それはやけにながいタイトルで「The ship arriving too late to save a drowning witch」というやつで、そのとうじの邦題は「フランクザッパの○△□(マルサンカクシカク)」というものだったとおもうんだけど、レコード屋にいってこのレコードをかって部屋でしみじみきいたんですが、なんどきいても不可能にきこえる。でてくるのは「こうはできねえよなあ」とか「こうはならねえよなあ」というため息ばかりで、なんだか奇跡のようにおもえる。それでためしにほかのレコードもきいてみると、これだけが奇跡だったわけじゃなくて、それどころか、それいぜんにももっと奇跡なことをやっている。じぶんで楽器をするひとは音楽をききながらこれはおれにもできるかなとか、おれにもおもいつくかなとか、そういうことをかんがえてしまったりするんじゃないかとおもうけど、フランクザッパのばあいは「これはおれにはできねえや」とか「できたとしてもこうはならない」とか「なにやってんだかわかんねえや」とか、でてくる感想はそんなんばかりでした。あきれはてながら、そのときはもうおれの両足はザッパ沼にずぶずぶとひざのあたりまでつかっていたのだとおもいます。あとはしずみこむだけ。
 どうもフランクザッパというと、すきなひとはめちゃくちゃくわしくて、そうじゃないひとはぜんぜんそんなのしらんという二極化がはなはだしいような気がします。「知識の偏在」というものがフランクザッパにははなはだしくある気がしてならない。じぶんがすきな音楽というのはひとにすすめたくなるものなので、フランクザッパのすきなひとはまるで宗教家の布教活動みたいにフランクザッパのすごいところをならべてひとにすすめるんだけど、かれがいかに超人的であるかの例をあげて「こんなにすごいんだ」と力説するんだけど、布教活動としてとらえたときに、どうもそれが効果的なのかどうかよくわからん。もしかしたら、あれは楽器をやらないひとにはつたわりづらいすごさなのかもしれないという気がするこのごろなので、いまだフランクザッパに開眼していないみなさんは、このさいバンドくんでください。ただちにくんでください。そしてフランクザッパを練習してください。入門曲は、そうですね、せっかくですからさきほどあげた「溺れる魔女」がいいでしょう。ちょうど適当な不可能さだとおもいます。あれ以上不可能な曲をすすめるのはわたしとしてもさすがにこころぐるしいです。そんでもって練習してみてください。五年かかるか十年かかるかわかりません。とにかくできるまで練習してください。だいたい不可能さが身にしみてきたところで、フランクザッパのライブビデオをみてみるとよいでしょう。なんと。あのひとたちは遊び半分で演奏してるじゃないかっ。遊び半分どころか、遊び九割くらいで演奏してるやつだっているじゃないかっ。そこにいたればおそらく、おのずとあなたのこうべは深くたれ、しぜんとフランクザッパを崇めたくなる気ぶんになるだろうとおもいます。
 とかなんとかふざけたことをいってしまいましたが、そんなこんなをとっぱらっても、フランクザッパはいい音楽と演奏をのこしたとおもうし、なによりバカでわらえます。あと三十年くらいはながいきをしてもっともっとわらわせてほしかったです。おしいひとをなくしました。追悼フランクザッパ。

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