[2000年12月10日] すとりーとみゅーじっしゃん
酢豚定食(ひる)

 駅の通路だとかでギターをひいて歌を歌っている少年少女たちというのをよくみかけるんだけど、このさいかれらにいっておきたいことがある。お。なんだかえらそうだなきょうのおれは。でもそんなたいした話じゃないんだけど。でもやっぱりこれだけはおねがいしておきたいことがある。いや、べつにやるなというんじゃない。やってもかまわない。すきなだけ歌っていい。一生歌ってくれてかまわない。ただ、そのまえにひとつだけ守ってほしいことがある。それは「チューニングはしておけ」ということである。チューニングがあってないギターをかきならされるというのは、それをイヤもオウもなしにきかされるというのは、これは苦痛である。ものすごくかゆいところがあって、でもそれをかけないときの苦しみににている。苦痛である。おれでさえそうなんだから、クラシックの勉強をしてきたひとたちなんか、発狂しちゃうんじゃないかとおもう。音楽というのは、なにをやってもかまわないんだけど、でもチューニングはあってなくちゃならない。それだけはちゃんとあわせおいて、話はそれからである。これはもう、絶対の約束である。そうなんだけれども、どうも路上のギター少年たちのなかにはそこのところがまだ身にしみてわかってないやつがいる。そういうかれらのまえをとおりすぎるたびに「うわ、こいつもあってねえよ」「こいつなんかぜんぜんだよ」とおもう。ちょっときこえただけでこっちはもう背中がムズムズしてくるんだけど、でもとうにんたちはまるで平気ならしい。おまえそんな楽器で歌ってると五分で音痴になるぞと忠告してやりたくなるけど、すでに音痴なんだろう。じゃなけりゃ歌ってられるはずがない。かれらの頭上から死んだ鳩でもボタリと落ちてくれば気づくんだろうけど、鳩だってとっくにどこかに避難してるからそういうこともおこらない。なんとかならんのか。ならんのだろうなあ。まことにこまったことだとおもう。だってさあ、そもそもさあ、じぶんのだしてる音がおかしいことに気づかないようなやつは、道バタで楽器をひいちゃいかんとおもうんだけどさあ。どうよ? そこんとこは? え?

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