[2001年02月07日] じんせいは野菜スープ
菓子パン(あさ)
てんぷら定食(ひる)
きんぴらごぼう。こんにゃくいため。めし(ゆう)

→せんじつ、すごくハラがへっていた晩におねえちゃんといっしょに近所のファミリーレストランに晩ごはんをくいにいって、とんでもない目にあってしまった。そもそもその日おれはあさごはんとひるごはんをくってなくて、おなかぺこぺこで満を持してレストランにいった。そういうときにメニューをみるとどれもうまそうで、みんな食べたくなる。「ああおれきょうまだなんにもくってねえんだよ、ハラへったなあ、どれくおうかなあ、とりあえずスパゲティーだよなあ、あとはサラダか、どれにする? え、おれがきめていいの? じゃこれね、ツナサラダ、あとはなんだろう、ニクかニク、ステーキとかたのんじゃおうか、これこれ、どっちがいい? え、きめていいの? じゃこれにしよう、シンプルなやつ、するととうぜんパンもほしいよな、どこだろう、あっ、ヒツジもいいなあ、ギューじゃなくてヒツジにしようか、どっちがいいかなあ。ねえ、いっそ両方たのんでいい? だいじょうぶだいじょうぶ、なにしろおれもう、ハラへっちゃってさあ、両方たのもうよ。あとはなんだっけ。なにさがしてたんだっけ。あっ、ミネストローネだって、うまそうだなあ。これ、たのもうか。うわっ、ブイヤベースが新メニューだって、どうおもう? ねえ、どうおもうよ。いっちゃおうか。よし、これも両方いっちゃおう。で、ところでキミはなにをたべるの? スパゲティー? あ、これね。あとはぜんぶはんぶんこすればいいよね、それともちろんビールとね。よし、じゃあたのもう、あ、おねえさん、ちょっとすいません、注文します」というかんじで怒濤のいきおいで注文をして、すべての皿がはこばれてきたところで事件はおきた。いっしょにいたおねえちゃんが「あっ、あそこにいるのはあたしのフィットネスクラブの先生だっ、あっ、目があっちゃった、えへへへ、こんばんはあ」とあさってのほうをむいて挨拶をはじめた。それからおれのほうをむいて、ささやくみたいにして、「ちょっとちょっと。これ、料理の皿、これぜんぶそっちにおくからね。ぜんぶ食べてよね、おなかすいてるっていってたよね、食べれるよね。あたしがこんなにいっぱい食べてるとおもわれたらぜったい先生に怒られるから、たのんだからね」といいだしたのだ。そしてほんとうに料理をおれのほうにおしのけてきた。料理というのは、ツナサラダとウシの肉塊とヒツジの肉塊と野菜スープと魚介スープとパンとスパゲティーとビールである。いくらおなかがすいてるったって、そんなに食べられっこない。「こ、こんなのムリだよムリ、イタリア人だってムリだよ、いっしょに食べようとおもって注文したんだから、いまさらそんな、うらぎらないでくれよ」と皿に囲まれておれはたのんだのだが、「いいのよ、遠慮しないでぜんぶたべて」と彼女はうそぶいて、じぶんのまえにはシーフードのスパゲティーだけをちょこんとおいて、ちまちまと食べだした。「遠慮なんてしてません。ほんとに食えません」と哀願すると、「あたしはねえ、毎日毎日その日の食事を全部ノートにつけて、クラブにいくたびにあの先生にみせてるの。そのたんびにしかられてるの。メンバーの体重を毎月はかって、すこしでもへってないと先生のお給料にひびくのよ、だから先生も必死なの、必死でおこるのよ。それがどんなにおっかないか、あなたにはわからないでしょうけど、こんなに食べてるのがバレたらもう、大変なんだから」といかにじぶんが不幸な身の上にあるかをかたり、うらめしげな目つきでおれをみた。ちょっとまってくれよ、とおれはおもった。なんでおれがうらまれなくちゃならないんだ? だいたい、いまさらクラブの先生がみてるまえだからって食事制限をしたところで、どうせふだん先生のいないところでは馬みたいにたらふく食ってるんだから、そんなのは体重計にのったらバレるにきまってるんだから、だったらここでもぜんぶ食べて正直に申告するべきじゃないのか? そんな、一夜漬けの試験勉強じゃあるまいし、いまさらじたばたしないでくれ、とおれはおもった。そんなじんせい、まちがってる、とさえおれはおもった。おもったけど、どのみちさからったところで言い負かされるにきまってるので、あきらめておとなしく食った。とつぜんパートナーが戦線離脱してしまったのだ。敵陣の奥深くにひとりで孤立してしまったのだ。死ぬ気でがんばるしかない。そしてほんとに死にそうになってしまった。「ツナサラダおいしゅうございました、野菜スープおいしゅうございました、おニクおいしゅうございました、その他もろもろおいしゅうございました、マサオはもう食べれません」状態になってしまった。それでも食った。ゴールは果てしなく遠かった。しまいにはもうなにを食ってるんだかわからなかったが、とにかくくちのなかにモノをつめこんで必死にくちをうごかすおれに、とっくのとうにスパゲティーを食べおえて、おれをはげますでもなくただぼんやりとおれの食うのを眺めていた彼女が語ったのはつぎのような話である。
→「まえにねえ、旅先でしりあったスイス人のおじさんがいて、そのひとにはかつて日本人の奥さんがいたんだけど、離婚しちゃったんだって。なんでかってきいたら、その奥さんは、レストランで注文をしすぎるんだって。メニューにのっている料理をかたっぱしから注文しちゃうんだって。テーブルを皿でうめつくさないと気がすまないらしくて、どうしてもおじさんはそれについていけなくって、それで離婚しちゃったんだってさ。なんかねえ、いまあたし、そこに並んだお皿みてたら、あのおじさんの気もちがわかったような気がする」
→それはどういう意味でございましょうか。たしかにこれを注文したのはわたしですが、わたしがその別れた奥さんみたいな、一時的な気の迷いかなにかで注文したとでもいいたいのですか。それともきみはなんですか、わたしがみずからほっしてこんな馬鹿げた量の料理を食べてるといいたいのですか。おれはそうおもった。だがおれはあまりにハラがきつすぎて反駁をする気にもなれず、料理はまだまだ残ってるし、とにかく暗澹たる気ぶんで顎をうごかしつづけた。
→いや、食ったけどね。けっきょく。ぜんぶ食ったけどね。げっぷ。

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