| [2001年02月10日] 組 |
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ラーメン。チャーハン(ひる) 天丼(ゆう) |
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いなかにはなんだかわけのわからんものがいろいろあって、たとえばクミというものがある。ウチのあたりにはないんだけど、クルマで三十分くらいあさっての方向へはしると、もう田んぼしかないような、みわたすかぎり田んぼという土地がそこらじゅうにひろがって、そのへんへいくとクミがある。そのへんでくらしてるともだちや親戚の結婚式だとかによばれてでかけると、たいていクミのひとがいる。ようするに隣近所のひとたちなんだけど、でも隣の家のひとはよばれていなくて、かわりに五軒先の家のひとがよばれてたりする。「なんで五軒も先の家のひとをよんでるの?」ときくと「あそこはクミがいっしょだから」と平然とこたえられてしまう。あるいは「なんで隣の家のひとはよばないの?」ときくと「あそこはクミがちがうから」とこれまた平然とこたえられてしまう。子供のころはそのクミという基準がなんなのかフシギだったんだけど、高校生ぐらいになって気がついた。五人組なのだ。おどろけっ。五人組だっ。中学や高校の歴史の授業にでてくる、江戸時代のあのなんとありがたい五人組制度だっ。あれが、21世紀のいまにいたるまでえんえんと脈うってしまってるのだっ。江戸時代にお上から「この家とこの家とこの家とこの家とこの家でセットで五人組だ」とおたっしがあって、へいわかりましたお代官さまとそのときのひいひいひいひいひいじいちゃんかだれかがあたまをさげて、それがいまだにリセットされずにつづいてしまってるらしい。なにしろかれらにしてみれば、うまれたときからもうクミがあって、とうちゃんもかあちゃんも近所のひとたちもみんな「あすこはクミがいっしょだから」とか「あすこはクミがちがうから」とかやってるし、だからそれはもうそういうものだとおもいこむしかなくて、わたしも結婚式のときはクミがいっしょのひとはよぶし、わたしの子供にもおなじようにおしえこんで、そうやってるうちにそもそもクミというのがなんだったのかはわからないけどとにかくあるんだから後世につたえていかねばというふうに無目的につづいてきてしまったらしい。クミ。21世紀に残したい日本の伝統文化、クミ。でもほんとは残したかったひとなんてひとりもいなかったんじゃないかとおもうけど、とにもかくにも残ってしまった、クミ。新世紀に息づく江戸時代の香り。クミ。まあここまでつづけちゃったんだからいっそ人類滅亡の日までやってみてはどうでしょうか。クミ。 |
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