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●というわけでほんじつもしゃあしゃあと大嘘ぶっこいたところから話をおっぱじめてしまいました。すいません。ぽいうです。ジョン・レノンはそんなことはいってないとおもいます。すいません。でも、たしかにジョン・レノンはそうはいわなかったかもしれませんが、しかしこの一行にふくまれた真理にかわりはありません。たしかにオトコには、どうにも取り繕えない瞬間というのがある。どんなに冷静沈着な、ゴルゴ13みたいなやつであっても、どうにも動揺してしまうモノが世の中にはあって、おもわずとっさに本性をアラワにしてしまう瞬間というのがある。それがぱんつです。より具体的に説明すると、女の子のスカートの深奥の、話の核心であるところのぱんつ、これがなにかの拍子にチラリとみえてしまった瞬間です。この瞬間をむかえて平静をたもっていられる人類の男はいません。すべての人類の男はひとしく、「ををっっ?」という目ん玉飛び出した相貌を周囲に晒さざるをえません。あるいはその「ををっ?」状態を如何にみじかくすませられるか、どれほど素早く平常の顔に復帰できるかで、われわれの魂の重量は決定されるのかもしれんです。しかしどうでもいいけど、こんなバカな内容なのになんで魂の重量なんて話になってってしまうんでしょうか。なんでおれはこうなんでしょうか。こんなこっていいんでしょうか。いいかもなにも、なってしまったものはしょうがないので、このままアップロードさしてもらって、わたくしのほんじつのめし作文にかえさせていただきます。ご静聴ありがとうございました。ぽいうぽいう。
●って、おわってないおわってないっ。まだ話してないっ。かえっちゃだめっ。まだまだ。いまから話すんだから。うん。話はこれから。だから、話すからここにすわって。いい? うん。じゃ、話をはじめる。こほん。それはおれが中学生のときのことなんだけども、夏休みがきて、男子と女子がはんはんにいりまじった仲のいい数人グループで、ひとりの家にあつまってみんなで勉強をしましょうという話になった。グループ学習というやつですね。むろんおれに異論はない。議論もないし持論もない。すでにそのころから付和雷同を座右の銘とするわしであった。で、この夏休みのまいにち午前中、メンバーのうちのひとりの家の、おおきなテーブルが用意された十畳くらいのタタミの部屋にみんなしてあつまって輪になって、三角形の二辺の和は他の一辺に等しいことを証明せよ、とかなんとかやらかしてたんだけど、そんなある日、勉強会のさいちゅうに、なにかの拍子でおれは消しゴムをテーブルのしたに落としてしまった。わざとではない。不注意で落としてしまった。いかんいかん、とテーブルのしたにアタマをつっこんで消しゴムをひろおうとして、そこでおれは見てしまった。というか、見えてしまった。そのときのおれの魂の震えを文章にしてここでつたえるのはとうてい無理な注文だ。なぜならそのときおれが見たのは、ぱんつだったからである。そう、男には、どうにも取り繕えない瞬間とういうのがたしかにある。それは、ぱんつがみえた、そのときである。そのときおれの正面にすわっていたのはさなえちゃんという、とうじおれがにくからずおもっていた女の子だったんだけども、このさなえちゃんのぱんつが見えとったんであった。なんのこころの準備もないときのぱんつ。男子にとって、これにまさる衝撃はないと身をもっておもいしったマサオ十五の夏であった。その場でおれはたっぷり十秒ほど硬直し、あなのあくほどぱんつをみつめ、それからわれにかえってのそのそとアタマをテーブルしたからだしたんだけど、もはやアタマともういっかしょに血液が集中して、心臓は心臓でそのにかしょに大量の血液をおくりこむためにハヤガネのようになってるし、そんなこんなで勉強もへったくれもなくなってしまった。そんでもってつぎにおれがとった行動はといえば、消しゴムをわざとテーブルにはじっこにおいて、さりげなくひじでつっついてこれをタタミにおとすことであった。「あ。」などとわざとらしいこえをあげてこれをひろうことであった。いっけんなにげないようにみえる一連の行為にも、じつはひそかにとほうもないウラがかくされている場合があることをこのさい読者諸氏はしるべきであろう。そしておれはいかにもシマッタというふうをよそおってテーブルのしたにアタマをつっこみ、十秒ほどしてからまたなごりおしがりつつアタマをあげた。しばらくホトボリをさまし、さて、そろそろもういちど消しゴムをおとそうかなとおれがかんがえたそのとき、いったいどういう運命のイタズラなのか、そのときおれのとなりで勉強をしていたのはタミオくんという、そのとうじ生徒会長をつとめていたともだちだったんだけども、この生徒会長のタミオくんが、せっかくぎりぎりのところにセットしておいたおれの消しゴムをおとしてしまった。たぶんそれは偶然だったろうとおもう。「あ、ごめん。」といっておれの消しゴムをひろおうとテーブルのしたにアタマをつっこんだタミオくんのその行為に作為的なところや不自然なところはなにひとつなかった。だが、そのあとがじつに不自然であった。なぜなら、テーブルのしたにアタマをいれたまま、かれもまた、なかなかかえってこなかったからである。三秒、五秒、十秒、おそろしく濃密な時間がすぎていく。そしてアタマをあげたタミオくんのかおは、このうえなく不自然であった。なにしろ必要以上にこわばっているのだ。ミケンのあいだにシワがよっていて、それこそゴルゴ13みたいになっていた。事情をしるおれには、気をぬくと表情というものが溶けてしまうのをけんめいになってこらえているのだというのがひしひしとつたわってきた。さらにおれは、かれの眼球が真っ赤になっているのをみのがさないわけにはいかなかった。たぶんかれは、この数秒間に、あまりに眼球を酷使しすぎてしまったのだろう。にんげんにあたえられた視覚という能力、その能力の限界ギリギリか、あるいはそれを越えるところまでつかいきってしまったのだろう。かれのしろめはすべてあかくなっていた。その目にむかって、おれは目でたずねた。
「見たか?」
と。タミオくんも目でこたえた。
「見た。おまえも見たのか?」
「うん。見た。」
「そうか。おまえが消しゴムをひろいにいってなかなかかえってこないのは、あれはこのためだったのか。」
「そうだ。」
「なるほど。」
タミオくんは目でそうこたえて、じぶんの消しゴムをテーブルのはじっこのギリギリにおいた。ちょっとつつけば落ちてしまうくらいのところにおいた。おれもまたそれにならって、じぶんの消しゴムをテーブルのはじっこにおいて、おれたちはおたがいにウム、とかたくうなずきあった。なにかを決意したとき、男同士に言葉はいらない。ただ、おたがいの目をみればそれでわかるという。このときのおれたちがまさにそうであった。そしてタミオくんがオモムロに消しゴムをおとしてひろい、それがすむとこんどはおれが消しゴムをおとしてひろい、つぎにタミオくんが消しゴムをおとし、そうやって交互にそれを繰り返し、そうして、おれたちの目はどんどんあかくなり、だがそれでもやめられず繰り返し、えんえんとそれを繰り返すうちに、この世にはどうしてもおれたちの意志の力ではあらがえないモノが存在するのだということを身をもってしらされたのであった、という、きょうの話はこれでおしまい。メリーひなまつり。それではさいごにもういちど、冒頭のひとことを。聞きたまえ。
「だが、どうにも取り繕えないときというのがひとつある。それは、ぱんつがみえた、そのときだ」
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