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ときどきむしょうに字がかきたくなることがある。といっても、かきたくてかきたくてしかたない、なんでもいいからなにかかかねばいまにもしんでしまいそうだといったつよい欲求ではなくて、ただなんとなくかきたくなってしまう。とくに、ちょっとかわった言葉だとか、ふだんききなれない言葉だとかを耳にしたときがまずい。そういえばこれってふしぎな言葉だよな、とかんがえてしまったときがまずい。退屈な会議中にだれかが「唐変木」という言葉をつかって、そういえばそんな言葉があったなあ、これってそもそもなんのことなのかなあとあたまのなかが唐変木にむいてしまったりするともういけない。会議のことなんてそっちのけで、無意識のうちに「唐変木唐変木唐変木唐変木‥」とノートにつづっている。はっと気づくと十行くらいびっちりと唐変木がつづられている。そういうシャイニングみたいなことがときどきあって、それはもう中学生のころからずうっとそうで、そのころから現在にいたるまで、おれがつかったあらゆるノートにはそこかしこにわけのわからない文字列が出現する。いま会社でつかっているノートもそうで、だからだれかがふとおれのノートに興味をもって「くりたさんてどんなことかいてんの?」なんていいながらこれをひろげようとしたときなんかはもう、あわてて彼または彼女の手からノートをひったくることになる。「みちゃだめだよ、重要な機密とかがあるんだから」とくちではいうのだが、じつは唐変木がえんえんとつづられているのだなどとは彼や彼女はゆめにもおもうまい。ひとにはひとにしられざるヒミツというものがあるものである。
この執筆衝動というか、書き取り衝動というのはどうも退屈をもてあましてボ〜っとしているときにわきおこるらしい。筆記用具を手にしているときはもちろんそれをつかうわけだが、そうでないときはどうするかというと、どうも指先で空中に字をかいているらしい。これはあまりみっともいいものではない。というよりもむしろ、ブキミというべきだ。ハタからみたら気色わるいだろうな、とおれもそうおもう。けれどなにしろ無意識のうちにしているわけだし、なによりじぶんのことはハタからみれないのでどうしようもない。そんなわけでこれについてはずいぶんとガールフレンドなんかに注意された。たとえばふたりでベッドにねころがってテレビをみているときに、テレビのなかのだれかが「うすらとんかち」なんて言葉をつかったりするともういけない。うすらとんかちってどんなとんかちだろうとかんがえだすともういけない。おれは右手の人差し指で空中に「うすらとんかちうすらとんかちうすらとんかち‥」とかきつづけることになる。とつぜん横からにゅっとべつな手があらわれて、おれの手をわしづかみにする。おどろいてそっちをみると、ガールフレンドが怒っている。「もうそれやめてって何回もいってるでしょう?」と怒られることになる。ごめんごめんとあやまって、またやってしまったか、とそのときは反省するんだけど、こういうくせというのはなかなかなおらない。いまだになおらない。なにかいい手はありませんか。かかずにいられる手がほしいです。
しかし空中だのノートだのにかいているぶんにはまだましなのであって、ずいぶんまえなんだけど、いきおいあまって時計に時計とかいてしまったことがある。じぶんの部屋にあった、なんのへんてつもない黄色い目覚まし時計なんだけど、とつぜんの書き取り衝動におそわれておれはそこにあった黒マジックでこれに「時計」とかいてしまった。かいてしまうと気がすんで、それでおれはすっかりそんなことはわすれていたのだが、こまったのはそれからしばらくしてともだちが部屋にあそびにきて、これに気づかれたときである。かれは「時計」とマジックでくろぐろとかかれた時計をみてぼうぜんとしている。それから遠慮がちに「あの、これって、どういうこと?」とたずねてきた。たずねられるまでもなく、かれが時計をみてくちをあけているところでおれも、それが不自然であることには気づいていた。もちろんこれは理論的には正しい。理論もへったくれもなく正しいといったら正しい。時計に「ラジオ」とかいてあったらそれは正しくないが、時計に「時計」とかいてあるんだから、これはもう100パーセントだれがなんといおうと正しい。だが、正しいからといってそれですべてとおるかというと世の中そう単純なものではない。おれもさすがにこれには返答にきゅうしてしまって、「なんとなく、かいてみたくなってね‥」とつぶやいておいた。そう、なんとなくか‥とかれもこたえたのだが、そのあとのかれのおれにたいするふるまいがどこかおかしかったのは、これは気のせいではなかったようにおもう。いっそ時計に「ラジオ」とかいておいたほうが、まだなんぼかましだったようにおもう。
けっこうこのときのそらぞらしい雰囲気というのは身にしみたので、それいらい時計に時計とかいたりはしていない。ラジオにだってラジオとかかないし、テレビにだってテレビとかかない。そのたもろもろかいていない。なにもかんがえずに意味のないことをかくといえばノートと空中くらいだ。かんがえてみれば空中というのは、証拠がのこらないだけずいぶんましなのかもしれないよね。空中。‥‥。かんがえてみるとこれもなんだかふしぎな言葉だな。空中。ふうん。‥‥(かきだす)
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