[2001年04月20日] エイジャ
菓子パン(あさ)
ハンバーグ定食(ひる)
焼き魚。めし。しる(ばん)

 街ですれちがう女の子たちは、ラジオからながれてくる曲みたいだとおもう。ラジオからつぎつぎとながれてくるしらない曲は、なんだってあんなに素敵にきこえるんだろう。ところが、それで気にいってレコードできいてみると、なにかがちがってる。おなじ曲なのに、ちがう曲にきこえる。ラジオからきこえたときにあったはずのきらめきがすっかりうしなわれてる。それまで空をとんでた鳥が、かごにいれられてしまったみたいに。それでおれはがっかりして、またラジオのスイッチをいれる。太田さんもそうだった。太田さんにはじめてあったとき、すてきな女の子だとおれはおもった。このまま男の子にしたら女の子にもてるだろうなとおもった。太田さんはそういう顔のつくりをしてた。太田さんはともだちのガールフレンドだった。四年制大学の三年生だった。冬だった。地下壕みたいな喫茶店でおれはコーヒーをのんでた。ケルト民謡のような旋律のピアノ音楽がかすかにながれてた。おなじ旋律をくりかえしてた。おわりがないみたいだった。その音楽はなにもきこえないときよりもしずかにかんじられた。コーヒーのにおいがみちあふれてた。空調の設定は適切だった。平和だった。いつのまにかねむってた。だれかに起こされた。めをあけた。ともだちと、そのとなりにこがらな女の子がいた。紹介された。それが太田さんだった。太田さんはそのときも髪をのばしてた。そのときも特徴のない格好をしてた。ジーパンにトレーナーにダウンジャケットという姿だった。太田さんは、はじめまして、と礼儀ただしくおじぎをした。ピアノ音楽はまだつづいてた。太田さんはそれににてた。ひかえめだった。ともだちとおれが話すのをじょうずにきいていた。もとめられると、ことばかずはすくなく的確なコメントをした。ともだちがトイレにたったときに電話番号をたずねると、太田さんはストローのふくろにこまかい字で番号をかいておれにくれた。それはほんとうに太田さんの家につながる番号だった。その翌日におなじ喫茶店でまちあわせた。コーヒーをのんだ。それから映画館にいってサイコ2をみた。ふたりでおれのアパートにいった。スティーリーダンのカセットテープをかけ、服をぬぎ、性交をし、また服をきると太田さんのことはどうでもよくなった。女の子たちはまるで、ラジオからながれてくる曲みたいだった。太田さんを駅の改札までおくると、もう太田さんには連絡をしなかった。おもいだしさえしなかった。太田さんがおれに連絡をくれることもなかった。太田さんは、さそわれるままにおれと喫茶店へいき、映画をながめ、性交をしただけだ。おれたちはそれでおわりだった。それでもいくどか顔はあわせた。おれと性交をするまえも、おれと性交をしたあとも、太田さんはともだちのガールフレンドだった。太田さんとあうときはかならずともだちがいた。ともだちのまえで太田さんはいつも、はじめてあったときとおなじ礼儀ただしい挨拶をした。太田さんはおれにたいして、なれなれしさも、ぎこちなさも、なんのそぶりもなかった。ほんとうにかしこい女は、ぜったいにばれない嘘のつける女だ。太田さんは正真正銘、クールにみえた。おれは不思議な気ぶんになった。太田さんにはなにもかもみとおされてる気がした。最初から最後まで、おれとはじめてあったときからやがておれが太田さんに興味をうしなうところまで、みんなあらかじめわかってたみたいにみえた。なんで太田さんはおれにやらせてくれたんだろう?  なんでそのあとのおれの態度をとがめないんだろう?  太田さんは不思議だった。太田さんはいつもあたりさわりのない格好をしてた。そういう女の子は街じゅうにいて、うしろ姿だけだと区別がつかない。そういう格好だった。太田さんにとって、たぶんそれは、理由のあることだった。太田さんはふつうじゃない女の子だった。太田さんはそのことがじぶんでもわかってた。太田さんはそのことを隠すために、あたりさわりのない格好をして、あたりさわりのない大学のあたりさわりのない学部にも入学して、あたりさわりのない学生生活をすごしてたのだ。枯葉のなかでくらすむしが、枯葉みたいな羽根をもってるみたいに、太田さんにとっては、格好も、大学も、彼女をほかの女の子から区別させないための保護色だったのだ。もちろん太田さんがそんなふうにおれに説明してくれたわけじゃない。太田さんはただ、目立つのがすきじゃないの、といっただけだ。でも、おれはそうおもう。太田さんは、人並みはずれて頭のいい女の子だった。それが太田さんのふつうじゃないところだ。それからしばらくして太田さんとおれはおたがいの性器がすりきれるほどなんども性交をすることになるのだが、性交をおえてふとんのなかで話をするうちに、おれはそのことに気がついた。太田さんがそれを隠そうとしてることにも気がついた。なんでなのかはわからなかった。それからもうひとつ、そんなに頭がいいくせに、気もちを他人に表明するのがおそろしくへたなことにも気がついた。やがて太田さんはともだちのガールフレンドではなくなった。ともだちといっしょにいるところをみかけることもなくなった。それで太田さんはおれのまえからいなくなるはずだった。けれど太田さんは消えなかった。五月の連休がおわってしばらくした季節におれのアパートへ太田さんがたずねてきた。部屋にあげて話をした。夜になって、おれたちは性交をした。その直後に太田さんは、おれに女の子を紹介してくれる話をしはじめた。太田さんはなにをしにきたのだろう? おれに性交をさせてくれるためにきたのか? おれにべつな女の子を紹介してくれるためにきたのか?  それとも、なにかべつな目的があったのか?  おれにはわからなかった。太田さんはかわった女の子だった。彼女の神秘的な頭のなかがどうなっているのか、いったいなにをかんがえてるのか、その切れ端でさえおれにわかったためしは一度もない。

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