|
1983年だった。春と夏のあいだだった。まひると夕方のあいだだった。おれはヘッドホンをつけてめをとじていた。ブラックサバスの「戦争のブタ」をきいていた。それにあわせておおごえで唄っていた。いい気もちでいるところを、突然だれかの手でヘッドホンをひきはがされた。おれは床にすわりこんでいた。くちをあけてみあげると、太田さんと、はじめてみる女の子がたっていた。太田さんは指先でヘッドホンをつまんでいた。そこからしゃりしゃりとハイハットの音がもれていた。こんなおおきな音できいて、よく耳がわるくならないね? と太田さんはいった。もうわるくなってる。だからおおきな音できく。するとますますわるくなる、とおれはいった。あたままでわるくならないように気をつけてね、と太田さんはいった。もうわるくなってる。だからおおきな音できく。するとますますわるくなる、とおれはいった。太田さんはおれを無視してしゃがみこみ、アンプに手をのばしてボリュームをしぼった。太田さんは機嫌がわるそうだった。スカートから機嫌のわるそうなひざがみえていた。それがきれいにならんでるのをおれはながめた。太田さんのひざをみるのはそれがはじめてだった。そもそも太田さんがスカートをはいているところをみるのなんて、それがはじめてだった。いつまでもこんな音楽をきいてちゃだめじゃない、と太田さんはおれをみすえていった。おれはくちをすぼめた。ヘンな声をだしてヘンな唄を唄ってるから、ピンポンをならしても、ドアをノックしても、ぜんぜん気がつきやしない。かってにあがりこんできちゃったけど、まずかった? つよい調子で太田さんはいった。太田さんの機嫌のわるさは本格的のようにみえた。スカート姿の太田さんをみるのもはじめてなら、機嫌のわるい太田さんをみるのもはじめてだった。まずくなんかないよ、きてくれてどうもありがとう、とおれはおだやかにいった。太田さんをみた。それから、太田さんのうしろにたっている女の子をみた。めがあった。ともだちをつれてきたのよ。なんとかさん、と太田さんはいった。それでその女の子をまっすぐにみた。会釈をかわした。なんとかさんのめはかがやいていた。おれに興味しんしんなのだ、とおれはおもった。だがおれはなんとかさんのことはどうでもよかった。太田さんに興味しんしんになっていたからだ。太田さんが髪を切ったことに気がついたからだ。太田さんの髪はみじかくそろえられていた。それから太田さんは紺のブレザーにブラウスで、黄色いリボンのネクタイを締めていた。太田さんのやっていることは支離滅裂だ、とおれはおもった。けれどもそのときおれははじめて、太田さんがいとしくなった。この黄色いリボンがそのあとにきた夏、おれのすべての精液を太田さんにそそぎこむことになったきっかけだった。
|