| [2001年05月02日] ピレネーの城 |
| ハム(ひる) 焼き魚。厚揚げ。めし。しる(ばん) |
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五月で、晴天で、どうやって時間をつぶすかがおれの問題だった。日が暮れるまでおれにはするべきことがなかった。食パン二枚と水でおそめの昼食をすませて、皿を洗いおえてから「さて。」とひとりごとをいってみた。さて、これからなにをしよう。なにもおもいつかなかった。想像力の欠如、とこんどはこえにださずに頭のなかでいってみた。言葉はからっぽの頭のなかで反響しているみたいだった。マンションの部屋からでて駐車場にとめたクルマにのりこみ、エンジンをかけて発進させた。空はかなしくなるくらいにあおくて、そのせいでなにもかんがえられないのだ、とすべてを空のせいにしてあてもなくクルマをはしらせた。五月の田園の風景のひろがる道にでて十分もすぎたところで、海にいこうとおもいついた。すてきなおもいつきだった。おれのまちからいちばんちかくの海までクルマで一時間。海を一時間ながめて、かえってくるのにまた一時間。ちょうどそのころには日が暮れはじめるだろう。そうだ、海にいこう。おれはそう決心して、デビッドリンドレーのカセットテープをカーステレオにセットし、サングラスをかけた。海にはきっかり一時間後についた。いつもの場所にクルマをとめると、森君とケンちゃんのクルマもあった。かれらは波乗りずきのコンビで、時間があるといつもここにきている。クルマからおりて、浜にむかってあるいた。波の音がきこえて、海の方角から風がふいてきて、それは海のにおいがした。道がおわって、目のまえには海がひろがった。そのとたん、正面の海上に巨大な岩がうかんでいることに気がついた。ごつごつした、黒灰色の、とほうもなく巨大な、あまりにおおきいのでどれくらいおおきいのか見当もつかない岩だった。それが海のうえの10メートルか20メートルか、それくらいの空中にうかんでいた。岩のしたの海は、ふだんとかわらない波がうちよせていた。そのむこうには青空がひろがって、しろい雲がながれていた。ばかげた光景だった。それから、うかんだ岩のましたで森君とケンちゃんが波乗りをしているのにも気づいた。海にも浜にもほかにはだれもいなくて、ただこのふたりだけが、岩のしたで波乗りに興じていた。かれらにむかって手をふると、むこうもおれに気づいて笑顔になって手をふりかえしてきた。あぶなくないのか、とおれはふたりにさけんだ。かれらはくびをひねった。きこえないらしい。頭上にうかぶ岩をおれはゆびさした。かれらはまた笑顔をみせて、森君は親指をたて、ケンちゃんは両腕でおおきくマルをつくってみせた。やれやれ、とおれはもらして砂浜に腰をおろし、かれらと、そのうえの岩をながめることにした。しばらくするとふたりが海からあがってきた。あれはなんだ、と挨拶もしないうちにおれはさっそく岩についてたずねた。なんですかねえ、と森君がいった。おれたちがきたときにはもうあったんすよ、とケンちゃんがいった。平気なのか、とたずねると、大丈夫っすよ、森君がこたえ、ケンちゃんがうなずいた。いったいなにを根拠に大丈夫というのかおれにはまったくわからなかった。おれたちはそこで煙草を一本すった。そろそろおれたちかえります、と森君がいうので、おれはもうすこしここにいるよ、気をつけてかえれよ、とおれはふたりをみおくった。そういうわけで浜辺にはおれひとりになった。じっくりと岩をながめた。みごとな岩だった。圧倒的にみごとな存在だった。じつはもうずいぶんいぜんから、岩のうえに西洋の城があるのに気がついていて、あそこにはどんなひとがすんでいるのだろうと想像していた。城には窓だとおもわれる穴があいていて、涙がにじむほど目をこらしてみていたのだがけっきょく人影らしきものはいちどもみあたらなかった。もしかしたらあの城にすんでいるひとたちはなにかの理由があって、夜になるのをひっそりとまっているのかもしれない。たとえば背中から羽根のはえた王族がすんでいて、黄金のティアラをつけた王女様が十五歳の誕生日の新月の晩にあそこからでてきて、おむこさんをさがしに地上におりてくるのかもしれない。夜になった情景をおれは想像した。海のうえにうかんだ巨大な岩。夜空にそびえる城。そこから羽根をひろげたお姫様がとびたつ。むこうに月とお星様。ちょっとみてみたいなとおもった。けれども腕時計の針はもうおれがそこにはいられないことをしめしていた。今夜もラジオ局の仕事がおれにはまっている。おれはたちあがり、尻についた砂を手でふりはらい、それからクルマをとめた場所にむかってあるきだした。なんどもなんどもうしろをふりかえって確認すると、あいかわらずそこには岩がうかんでいた。おれの局の電波はここまでとどいたかな、とおれはかんがえた。もしとどいたのなら、あの城にすむひとたちのために今夜は曲をえらんでかけよう、と決心した。あの城にもラジオはあるのかな、あったらいいのになとねがいながら。 |
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