[2001年05月22日] はしくる
菓子パン(あさ)
ねぎラーメン(ひる)

→かつて、はしるヘキがあった。ジョギングというやつだが、ほんにんはそんなカタカナのなんだかたいそうなことをしてるつもりはない。だからここはやはり、はしるヘキとでもいっておくべきだろう。なにしろただ気がむいたときに発作的にそのへんをはしくるだけである。みさかいもなく、あてどもなく、ただあたりの田んぼみちをかけずりまわる。なんだかおれのじんせいみたいだ。なんでそんなことをしてたのかといえば、そういうことをしてよぶんな精をぬいておかないとじぶんでもなにをしでかすか気が気でなく、とつぜん奇声をはっして道ゆくむすめを強姦したりしそうであぶないから、それでてっとりばやくそこらへんをはしって体力をつかいきっておくようにこころがけていた。二十代のころだ。いまでこそ周囲のひとびとから「あの穏和なくりたさん」と評判のおれだが、かげでそのような努力をしていたことをしるものはない。水面にうかぶ鳥はいっけん優雅にみえてそのじつ水面下では必死こいてどうこうという話だが、穏和でしられたくりたさんはそのじつ水面下では必死こいてあたりをはしりまわっていた。はしるのは夜中だった。だれかにみとがめられると気はずかしいからである。うちのあたりには街灯というものがない。だから夜になるとおそろしくくらい。それをいいことに、夜中の田んぼ道をおもうさまはしりまわっていた。しかしだれにもみられる心配がないのはいいのだが、はしるほうもこれはなかなかにこまる。くらくて足もとがよくみえないのだ。とおくからもれてくる建物のうすらあかりだけがたよりだった。そういうあかりはふたつあって、ひとつはキリスト教会のあかりで、もうひとつは産婦人科病院のあかりである。教会と産婦人科というとりあわせからしてなにやらおかしいが、そもそも町じたいがなにかおかしいのでだれもなんともおもわずにここでは暮らしている。教会のほうのあかりは屋根のてっぺんにたてた巨大な十字架に照明具をあてはめたもので、しかもそこに赤いフチドリがしてあるものだから、これはしんに教会なのか、じつはラブホテルかなにかなのではあるまいかとみまがうようなやつである。もしおれがこのきよらかな魂をねたんだ悪魔の手先においかけられても、この教会に逃げこむのはちゅうちょしてしまうような、しょうしょうふざけた趣味のやつである。いまひとつの産婦人科のほうは、これはさらにひどい趣味で、四階建てのビルなのだが、なにしろそもそも建物ぜんたいがピンクにぬりたくられている。これができたとうしょは近在のひとたちもなにやら正体がつかめず、千葉のサカエ町にあるエロビルみたいなのがとつぜん田んぼのまんなかに出現したものだからたいそうたまげた。さらに夜になると建物全体を照明でうきあがらせてるのがますます珍妙だ。この巨大十字架とピンク産婦人科が、ほかにはなにもない夜の田んぼにうかぶ。これがおれの町だ。なにをいってもいまさらいたしかたあるまい。とにかくこれがおれのすむ町なのだ。そうじぶんにいいきかせてはしりまわっていた。ところがそうこうするうちにピンクビルのライトアップすらなくなってしまって、いよいよあたりが暗くてあしもとおぼつかず、はなはだ難渋することになった。なんでピンクビルのあかりがきえたかといえば、一族が夜逃げをかましてしまったからである。この産婦人科にはおそろしく縁起のわるい、いわくありげなうわさがとうしょからつきまとっていて、たとえばこのまちにひきこしてきたばかりで右も左もわからぬひとが「どこか産婦人科を紹介してください」と町役場に電話をしてたずねると「どこでもいいがあそこだけはやめなさい」といわれるとかなんだとかいううわさである。どこまでしんずるべきなのかはこのさいおいとくにしても、たしかに腕はわるかったらしい。そこではあまりにひとがしにすぎて、ひとじにの病院という評判ができた。そんな評判ができては商売はなりたたない。やがて医者はどこかにきえてしまい、それからあとはだれもいなくなった病院だけが田んぼのなかにとりのこされた。それからのちにもおれはしばしばあたりをはしった。夜中にひとりではしっているときにそんな縁起のわるいむじんの建築物が視界にはいるというのはあまり気ぶんのいいものではない。それいぜんにそもそも、どうもおれは産婦人科とは相性がわるい。とてもここでは白状できないくらいに相性がわるい。産婦人科ときいただけでアベベもハダシで逃げだすくらいの逃げ腰である。そんな相性のよくないものが近所にあるというのは、ねざめがわるいことこのうえない。迷惑である。とはいえただたんになんだか気にくわんという理由でここで迷惑よばわりしてしまうのもなんだかもうしわけない。おれのほうこそよっぽど迷惑なのではあるまいか。おおせのとおりである。ごめんなさい。とひゃっぺんあやまったところで相性のわるさが解消されるわけでもなく、そういうわけだからおれはなるべく病院のほうはみないようにして、はしることにしていた。ところがある晩、おもえばそれはねっとりした空気がからだにまとわりついてくるようなイヤな気ぶんの夜で、なにかおそろしく悪い事がこれからおころうとしている予感がする夜で、そんなイヤな気ぶんの夜中の三時にあたりをはしりまわって汗をながし、やがてピンク病院のまえをかけぬけたとき、なんだかおかしな感じがする。なんだかいつもとぐあいがちがう。ややこれはおかしいぞと病院をみあげると、一室だけぽつねんと部屋のあかりがついているのがみえる。ほかのデンキはぜんぶきえているのだが、ひとつだけついている。こんな真夜中の、だれもいなくなったはずのひとじにの病院の、四階のひだりはじの部屋のあかりがついている。おどろいて足をとめてよくよく目をこらすと、さらにそこにはひとかげまでみえた。これにはおれも背中の毛がさかだって、ぜんしんをつたっていた汗もいっぺんにひっこむおもいがして、それからあとは全力疾走でふりかえりもせずに家にかえった。反対側の巨大十字架をむいて神さまにいのりながら、田んぼのなかをかけぬけた。さいごはもう息があがってしまい、あしももつれてヘロヘロだったが、それでもはしりつづけた。家にかえってからも動悸がおさまらない。そのあとは目がさえてしまって、まんじりともできぬままに夜あかしをした。それでそのあとどうなったかというと、病院にはつぎの医者がはいってきて商売をはじめた。おれがみたデンキと人影はどうやらひきこしてきたあたらしい医者が夜中まで荷物やら道具やらの整理をしているところだったらしい。しばらくすると看護婦のコスプレのひとが菓子折をもっておれの家に挨拶にきた。でもそれはほんとの看護婦さんだったのでコスプレというのはこのばあいただしくない。とにかく看護婦の衣装を身にまとったおねえさんがやってきて、よろしくおねがいしますと頭をさげた。玄関にでて応対をしたうちのおやじはたいそうよろこんで、これはいいものができたなあ、こんど風邪をひいたらみてもらいにいかなくちゃなあとこたえたところ、看護婦さんはこまったかおをしたそうである。

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