[2001年07月18日] つやつや
そば(ひる)
ビール。冷やし中華(ばん)

 フロというのはずいぶんと私的な行為であって、たしかにおおまかな作法はいくつかあるものの、ルールなんてものはないにひとしいもどうぜんで、だからひとそれぞれ、みんなみずからのあみだしたやりかたですきかってに入浴をしている。まいばんのようにくりかえしていればやがてそれはじぶんにとってあたりまえの、ごく自然な行為になる。むかしのひともいっている。道はもとからあるのではない。ひとがあるいてはじめてそこに道ができるのだ、と。いやそんなおおげさな話じゃなくて。いったいなにをいわんとしてるのかというと、ようするにフロというのはふだんひとりではいってるので、そのはいりかたには独自性というものがつちかわれやすくて、だからともだちなんかといっしょに銭湯だとかにいったりすると、えっとおどろいたり、おどろかれたりすることがある。じぶんはあたりまえのつもりなのに、はたからみるとあたりまえにみえない行為というのがある。おれのばあいは、はじめにからだをながし、それから湯船につかり、それから洗髪をし、その泡でついでに陰毛をシャンプーするのだが、この陰毛シャンプーというのがわりとオリジナルなようで、えっとおどろかれたりする。おれとしてはあたりまえの行為なんだけど、あまりあたりまえとはうけとめてくれないひとがいる。でもせっかくアタマの毛で泡だったシャボンをただそのままながしてしまうのもなんだかもったいない話だし、まだまだそこには洗浄能力がのこっているようにみえるし、だからこの能力を陰毛にむけてリサイクルをはかるというのもひとつのりっぱな地球にやさしい行為だとおれはおもうんだけど、どうもあまり理解されない。じゃあ陰毛にわざわざシャンプーの原液をかけてあらうのかよ、なんかおかしいよそれ、とおれは反論をこころみるんだけど、そうではなくて、陰毛はせっけんだのボディーシャンプーだのであらうのだといわれてしまう。そっちのほうがよほどヘンじゃないかとおれはおもう。諸君に問う。いちおうあれも毛なんだから、やっぱりシャンプーであらうべきなのではないか。という問題提起がこの稿の主題だ。そんなものがあるのか。いやあるみたいだよ。まあたしかに『いたんだ髪にうるおいを!』なんてかかれたシャンプーの泡でもってさわさわさわさわと陰毛をあらうのはどうかともおもわないでもないけど、そんなにうるおいをあたえてもどうかなあという気がしなくもないけど、でもせっけんよりはやっぱりシャンプーなんじゃないかなと、おれはおもいます。いちおう気がむいたときはリンスなどもしています。おかげさまでうるおってます。つやつやです、おれのインモ〜。‥なんかじぶんでかいてて、われながらそれはイヤだなあという気がしてきてしまった。でもイヤでもなんでもそうなんだからしょうがない。文句あるか。

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