[2001年09月01日] 8/31
めしはまだである。

8月31日というのは、小学生のころはもう、こんなゆううつな日というのは一年のなかでもほかになくて、ジサツというものを真剣に検討してしまうくらいだった。というのはさすがにうそだけど、とにかくゆううつでしかたなくて、あの気ぶんというのは、ちょっとほかにたとえようがない。しいてたとえるなら、夏休みの宿題をいっさいやっていないまま8月31日をむかえてしまった小学生の気ぶんににている。って、そのまんまじゃないか。まあ、宿題さえなければどうってことはないんだけど、現実にあるいじょうはしかたなくて、そもそもなんで宿題なんてものがあるのだ、夏休みというからには休むべきであって、宿題をさせるのはまちがっているのではないかと山のような手つかずの宿題をまえにかんがえていた。この正論を主張するために、ここはひとつ、いっさい宿題をやらずに学校へいってみようか。先生がおこりだしたらそうやって論陣をはってみようかと、教室で教師をあいてに丁々発止の議論をするじぶんを想像をして、そんなふうなぐにもつかないことをかんがえて現実逃避をするのは子どものころからとくいだった。これが高校生くらいになると、夏休みの宿題なんていうのはやらなきゃやらないでなんとでもなるのだというのをおぼえてしまって、ほんとうにまるまる休んでいたんだけど、するとこんどはぎゃくに退屈してしまって、はやく学校がはじまらないかなあとおもってすごしてた。だから8月31日というのはなかなかうれしい日だった。ほんとほんと。おれは学校というのはわりとすきだったのだ。そのわりにはしょっちゅうやすんでたけど、それはまたべつな話。いずれにしても8月31日というのは、このくにのおおくの小学生にとってとくべつな意味のある日で、そして、おとなになってもちょっと意味があったりする。
「おうい、イノマタ〜、ここんとこのデータって、こないだおまえ、まとめたよなあ。あれ、インサツしてくれよ。おい、イノ‥‥、あれ、いねえな。あいつ、どこいったんだ?」
「あ、イノマタさんはきょう、おやすみ。子どもの夏休みの宿題を手伝わなくちゃなんないんだって」
「なにいっ? おいおいかんべんしてくれよ、なんでこんなクソいそがしいときにそんなことでやすむんだよ。まあいいや、これはあしたあいつにやらせよう。じゃあエビハラさんさ、わるいんだけど、現場の写真をいまのうちにとってきておいてくんない?」
「あ、いまデジカメってないよ」
「ない? なんで?」
「イノマタさんがきのうもって帰った。自由研究の写真をとるのにつかうんだとかいって」
「なにいっ? 自由研究にデジカメだあ? あいつんとこのガキはいくつだ? 小学4年? おいおいかんべんしてくれよ、なんだってそんなまだ人間になってないようなやつの宿題にデジカメをつかうんだ? だいたい4年生でつかえるわきゃないだろ、不自然にもホドがあるだろ」
「それがそうでもないらしいんだよね、さいきんは」
「いいやおれはそんなのはみとめん。だいたいあいつは会社の備品をなんだとおもってるんだ。ふざけたやろうだ、あしたきたら説教してやる。とにかくもうこれはやめた。発表の準備やる。ええと、モチヅキさん、こないだたのんだやつ、おわってる? モチヅ‥‥あれれ、モチヅキさんもいないよ。どこいっちゃったの」
「モチヅキさんもおやすみ。子どもの‥」
「まさか宿題じゃないだろうな」
「うん。読書感想文をかかなくちゃならないんだってさ」
「なんだよそれ、そんなの親がかいたら意味がないだろう」
「でも、『お母さんがかいて』って子どもにたのまれたって」
「それにしたって会社をやすむほどのことかよ。あんなの本なんかよまなくたって適当にかいときゃいいんだよ」
「それが五冊もあって、あらすじをかいてから感想をかくんだっていってた」
「おいおいそりゃいやがらせか? おれが小学生だったらジサツしてるぞその宿題」
「ひどいよねえ」
「まったく、とにかくおれはきょうはシゴトにならんと、そういうことか?」
「そんなことないよ」
「だってイノマタもモチヅキさんもいなくちゃどうしようもない」
「じぶんでやったらいいじゃない」
「へ」
「じぶんでデータを集計して、資料をまとめたらいいじゃん。あのね、いっちゃわるいけど、さっきからのタイドをみてると、宿題を親にやってもらってる小学生とおんなじだよ。わかってる?」
「‥‥」

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