[2001年10月25日] 三年目
スペシャルサンド(あさ)
ラーメン(ひる)
ハヤシライス(ゆう)

●さくじつ使用した「Sheik Yerbouti」のジャケットの画像はよそのホームページからの盗用です。これをかっぱらってくるにあたって、インターネットのあちこちをのぞいているうちに、なにもおれがフランクザッパについてかくことなんてなかったのだと気がついた。しっかりとフランクザッパをききこんだひとびとが、すでにちゃんとフランクザッパについてかたってる。いまさらおれがわざわざかくひつようなんてなかったのだ。それから、この「ぽいうページ」のぜんぶについて、「なにもこんなにかくことなんてなかったのだ」という気ぶんになった。
●カート・ボネガットがどこかでそういうことをかいていて、わらったおぼえがある。そのくだりでカート・ボネガットは、14歳だかそれくらいの少年からうけとったのだという手紙の内容を紹介しはじめる。少年はカート・ボネガットの小説を愛読していて、愛読したあまり、とうとうカート・ボネガットがぜんぶの本でいいたかったことを簡単に要約できるようになったという。少年によればそれは、「愛より正義」とかなんとかいうひとことなのだった。いやじつをいうとただしくはおぼえてないんだけど、とにかくそんなかんじのひとことで、それはあまりに的確かつ適切な指摘であったためにカート・ボネガットはなかばあきれてのべるのだ。なんてこったい、たったひとことですむ話じゃないか、なにもあんなにたくさんの本をかくことなんてなかったのだ、と。
●ではおれのホームページにつづられた文章すべてをひとことでいいあらわすとどうなるかというと、さいきんおもってるんだけど、「それもまたじんせい」ということになる。気がつけばホームページをつくりだしてちょうど二年がすぎたところで、この二年間にアップロードした作文はけっきょく、そういうことだった。それもまたじんせい。なんだよなんだよ、おれだってひとことですんだじゃないか。なにもこんなにかくひつようなんてなかったんじゃないか。
●とかなんとかいいながら、いっぽうで、まだなんにもかいてないような気もひしひしとする。いやほんとに。こんだけかいといてまだなんにもかいてないはないだろうといわれそうだけど、ほんとにそういう気もしている。しばらくまえに、このホームページをよんでくれてるという女の子と話をする機会があって、ためしにそういってみた。まだなんにもかいてない気がするよ。かけばかくほどなんにもかいてない気ぶんになるんだよ。もうホームページをたちあげてからけっこうな日数がすぎていて、いいかげん文章の量もたまっていたので、おれがそういうと彼女はあきれたかおをした。もしかしたら感心したのかもしれない。そうとれなくもない表情だった。感心してくれてたんだったらいいな。でもきっと、あきれてたんだろうな。
●かけばかくほどなんにもかいてない気がするというのは、とにかく、実感としてある。かけばかくほどかきたかったことからはなれていく。ほんとうの場所からとおざかっていく。そういえばおれは、文章をつづりながら、おれはなんてうそつきなんだろうとおもうことがある。じっさいにうそをいっているときにはそうはおもわない。ほんとうの話をしてるときにかぎってそうおもう。真実をつづりながら、なんてうそっぱちなんだろうとおもう。かけばかくほど真実はとおざかり、つかれはてたおれは、だれかにいっぱつ殴られるべきだとかんがえる。‥ってなんだかかっこよすぎるな。すまん、ちょっとかっこつけすぎたよ。でも、そういう気ぶんだ。
●はじめて幼稚園にかよった日のことをおぼえている。四歳のときだ。その日、おれはじぶんをみうしなって幼稚園をぬけだし、電柱の陰にしゃがんでしくしくと泣きつづけた。心配した母親がむかえにきてくれるまで。そのつぎの日におれは、どうしただろう。なあみんな、つぎの日おれは、なにをしたとおもう? おれはまた幼稚園をぬけだし、おなじ電柱の陰で、「僕」と発音する練習をした。なんどもなんどもくりかえし、おれは、「僕、僕、僕」ととなえつづけた。
●そうして、おれはときどきおもう。いったいおれは、電柱の陰で泣いてたあの四歳のときと、なにがかわったんだろうって。いいやなにもかわらない。電柱の陰で泣いたあの四歳のときと、なにもかわりやしない。そしていまだに、このホームページで、「僕」という練習をつづけている。

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