| [2002年01月28日] 定信 |
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スペシャルサンド(あさ) クリームコロッケ定食(ひる) イタリア。ビール(ゆう) |
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江戸時代の三大改革といえば徳川吉宗の享保の改革と水野忠邦の天保の改革と松平定信の寛政の改革ということになっている。のだろうか。とつぜんですがすいません、これで組み合わせはあってますか。なにしろおれもこれについては中学校でおそわったのがもう二十五年くらいまえなので、とてもあってる気がしません。まあとにかくそんなかんじのやつがあって、だれがどれでどんな内容の改革だったかはいまひとつさだかではないのですが、どのみち江戸時代なのでこんなの大差ないです。田沼置き靴……ん? 田沼意次か、この意次がインバ沼の干拓だったのはたしかだとおもう。これはなぜか自信がある。でもあとはよくしりません。そんで、そのよくしらない改革のなかに、質素倹約につとめて、ぜいたくはしちゃだめで、海外旅行していわゆるブランド品をかいあさるなんてのはもうもってのほかで、とにかくまいにちうえはみずにしたむいてはたらいてろ、というおふれがあった。これをおそわったときに「それはおかしいだろう」とおもったんだけど、なにがおかしいかって、そのとおりにするとやがてよのなかのバランスがうしなわれることになる。生産しろというのなら、どうじに消費しろ、というべきである。はたらいてはたらいて、稼いだぶんはどんどんつかえ、酒池肉林の贅沢三昧でぜんぶつかいきれ、と奨励するべきである。生産をし、消費をし、そのようにおれたちは生命をすりへらし、一日ごとに一歩ずつ、地獄のほうへおちてゆき、そうやって経済活動というのはダイナミックに展開していくのだモンクあるか、と池袋ポコペン大学の経済学の先生もいっていた。じぶんにつごうのよさそうなりくつはおそろしく理解力がはたらくのがおれの長所だというあたりをさっぴいても、これはなかなかいえてるりくつだという気がする。じっさい、みんなして生産するばかりで、消費するひとがいないというのでは、モノがあまるいっぽうで経済が停滞するのはこれはもう目にみえてることで、そんな改革があるかよ、よのなかをおかしくするばかりじゃないかよ、とこの享保だか天保だか寛政だかの改革をおそわったときにおもった。そうだろう? なあ? このていどの道理もおもいつかないなんて、江戸時代の連中はバカだったのかなあといっしゅんうたがうが、そういうわけでもないだろうし、やっぱり経済っていうのはいつの時代でも、いったんおかしくなったのをたてなおそうとすると話がこじれるばかりでなかなかうまくいかないものだということか。などと天下国家について論じたりしてるふうのほんじつの作文ですが、いいたいのはですね、あの、レンタルCDとか、レンタルビデオつうんですか、あるよね、レンタル、あれはやっぱりわがくにの経済活動を停滞させる一因なのではないかな〜、と。いやね、こないだおれんちのCDの棚をみて、つくづくいうのよ。「CDをかうひとって、かうんよなあ」って。そりゃかうひとはかうだろう。意味がわからなくて、なんのことかとよくたずねると、CDなんかかう必要ないやん、と。映画のDVDだとかそういうのは貸しビデオでみればじゅうぶんやん、と。でもさあ、3800円だとかそれくらいなんだからかったっていいじゃん、と主張したんだけど「あかん」のヒトコトでかたづけられてしまった。どうもなっとくがいかん。やっぱさあ、経済の基本というのは個人消費であると、おれなんかはそうおもうんだけど、そのへんどうですかね。ここはひとつ松平の意見なんかもきいてみたいんだけど、やっぱCDとかって、かったってなんのもんだいもないというか、ちょっとかってみたいなあというか、月に三枚くらいはかってもいいんじゃないかなあとおもうんだけど、そのへんどうですかね。定信的には。忠邦的でもいいけど。 |
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