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●どんな世界にも専門用語というか業界用語というか方言みたいなのはあるもので、たとえばマージャンにおける「ハコ」だとか、あるいはパチスロにおける「ビタ」だとか、たいていかならずあるもので、そして将棋の世界には「ココセ」ということばがあります。よりによって、というような最悪の手を意味します。ほかに手はいくらでもあるだろうに、よりによってわざわざいちばん悪い手、こんな手を指すくらいなら一回パスしたほうがまだましだといった悪手を表現するのにつかわれます。将棋というのは逆転のゲームで、どんなに形勢がはなれていても、一発逆転のスジというのがつねにつきまといます。たとえば野球なんかだと満塁ホームランをうっても4点しかはいらない。5点以上の差がついていれば一発で逆転することはない。ところが将棋というのは、やったことがあるひとはわかるとおもいますが、いっぺんに5点でも10点でも、それこそ100点でも200点でもはいる。どれほどの大差がついても、一手でひっくりかえる。そういうゲームです。それであきらめのわるいひとはどんなに不利になっても、さいごのさいごまで投げずに指しつづけたりする。とんでもない逆転というのが将棋にはつきものだとわかってるからです。そういう負け将棋の側をもって指すときにひとがかんがえるのは、「相手がこう指してくれたら逆転するんだけどなあ」といった浅ましいことで、相手がまちがえて、ここにこう指してくれれば逆転なんだけどなあ、指さないかなあ、指しちゃえよほら、ここに指せ、ここにこう指せ、となかば念じながら相手のユビをみつめたりします。ここにこう指せ。そう、これが「ココセ」の語源です。わたしがいうといかにもでっちあげみたいで、信憑性というものにいちぢるしくかけるのは認めてもいいですが、でもうそじゃない。ほんとにそういうことばがある。しかも、じっさい将棋ではそういう「ココセ」的悪手という手がけっこう出現する。よりによっていちばんやってはいけない手というのをつい指してしまう。わかっていたはずなのにやってしまう。ここがにんげんのココロのふしぎなところで、やってはいけないことにかぎってどういうわけかやってしまうものだったりします。みずからのしらないところで暗示にでもかかってしまうのでしょうか。ココセをみるたびに、にんげんのふしぎさとかなしさをかんぜずにはおれません。
●じんせいにおいてもそういう、ココセみたいなことってけっこうある気がします。ほかにするべきことはいくらでもあるだろうに、いっそなにもしないほうがまだましだろうに、なんでよりによってここでこんなことをしてしまうのか、といった行為というのがあります。たとえばいぜん、わたしの仕事の現場で、バーコードリーダーがこわれたことがありました。それをつかっていた女の子によばれて、わたしにはわからなかったので、さらにくわしいひとをよんでみてもらいました。ところがそのひとは、頭部がみごとにバーコードのひとで、このひとが彼女のかたわらにしゃがみこんで、したのほうのごちゃごちゃした配線をいろいろとしらべてくれました。修理を終えて、そこでひとこといいました。「これでどうかな。ちょっとためしになにか読んでみて」もうおわかりかとおもいますが、そこでオモムロに彼女はしゃがんでるそのひとの頭頂部にバーコードリーダーをむけて、ピっと光線を発射してしまったのでした。ココセです。ほかに読むものはいくらでもあるだろうに、無数の選択肢があるだろうに、これだけは読んではいけない、というものを彼女は読んでしまったのでした。ココセとしかいいようがありません。もしかしたらにんげんは、いまここでこれだけはしちゃいけないという行為があたまにうかんだときに、とっさにそれをしてしまうということがあるのかもしれない。そんな気がします。ほかにもこういうココセみたいなできごとというのはけっこうあって、たとえば関東から大阪まで遠路はるばるやってきたゆうじんを案内して、かえりの予約してあった新幹線のぞみ号に一分ちがいでのりおくれさせてしまう。あるいは、遠路はるばる関東までやってきた大阪人をおでむかえするというのに、あろうことかまちあわせの時間に28時間も遅刻してしまう。あってはならないことです。にもかかわらずしてしまう。ココセです。こういったにんげんの行動のふしぎさにはいつもおどろかされます。精神と行動の関係の神秘とでももうしましょうか。おどろかされますね。
●さて。げんざいわたしがおかれている状況において、よりによってこれだけはしちゃいけないという行為はなにかといえば、やはり、浮気かとおもいます。それだけはしちゃいけません。しんそこそうおもいます。じっさい、さすがにそれだけはわたしもする勇気はありません。あ、勇気じゃないのか。ココセの話か。とにかくそれはしません。さすがに。じゃあほかになにがいけないかといえば、たとえば配偶者をほったらかしてあちこちあそびにいったりとかはかなりまずいでしょう。しちゃいけません。たとえばほったらかしてサッカー見物だとか。それも一試合ならまだしも、二試合も三試合も四試合も五試合も六試合も七試合もへたしたら八試合も、なにがうれしいというのか日本国中サッカー見物ツァーにでてしまったりだとかは、これはしちゃいけません。それはもうよくわかっています。でもココセ。やってはいけないことにかぎってやらかしてしまう人間行動学の神秘。もしここでわたしがそういう機会といいますか、チャンスといいますか、オパチュ〜ニティ〜といいますか、そういったものにめぐまれたとき、これをやらずにすますことができるでしょうか。告白します。わたしも弱いにんげんなんです。どうでしょう。ココセ。つうかさあ、たのむよ。ってだれにむかっていっているんだ。わからんが。ココセ。
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