[2002年02月13日] 燃えるゴミの日
サンドイッチ(あさ)
コンビニのすし(ひる)
おさしみ。めし(ゆう)

 小人物は小さなことにこだわるもので、たとえば「燃えるゴミの日」についてこだわってしまうのだが、これはやはりきちんと『「燃えるゴミ」の日』というふうに表現するべきなのであって、たんに「燃えるゴミの日」といったのでは、それが『「燃えるゴミ」の日』なのか、『燃える「ゴミの日」』なのかがわからない。『燃える「ゴミの日」』というのがいったいなんなのかはおれもとっさにはよくわからないけど、たとえばそれはゴミ回収のひとたちが仕事に燃える日で、この日にだされたゴミはいつもの三倍くらいのいきおいで回収されてゆく日なのかもしれない。「うおおお、きょうは仕事に燃えるぜえ」「うおおお、やってやるぜえ」と各作業員の決意表明がなされるなかみるみるゴミがなくなってゆくという、そういう『燃える「ゴミの日」』なのかもしれない。そして『「燃えない「ゴミの日」』というのはもちろん、ぜんぜん仕事がはかどらなくて、「なんだかきょうはやる気がしねえなあ」「お、このヤンマガあたらしいじゃん。よもうよもう」と、ちっともゴミが回収されていかない日なのだ。これはいやな日だな。そんなふうにかんがえだすと、もしかしたらほんとうはそうなのかもという気がしてくるからふしぎだ。あるいは「燃える『ゴミの日』」はゴミ回収作業員ではなくて、われわれにむかってつきつけられた問題提起だということもかんがえられる。おまえらたまにはしみじみ掃除をして、しみじみゴミだしをして、よのなかを清潔にしろとわれわれにむかってうったえかけている日なのかもしれない。「うおおお、きょうはゴミをたくさんだすぜえ」「うおおお、やってやるぜえ」とくちぐちに意気込みをのべながらゴミをたくさんだせという日なのかもしれない。そういう『燃える「ゴミの日」』だということもじゅうぶんにかんがえられる。そうして、そんなふうにかんがえだすとやっぱりそんな気がしてくるからふしぎだ。いったい真相はなんなんだ燃えるゴミの日。ほんとのところはどうなんだ燃えるゴミの日。とおもいながらあさ燃えるゴミをだして、ゆうがたゴミ収集所をとおりかかると、すっかり回収されて、ゴミはきれいにきえていた。というわけで、ほんとはきょうは、消えるゴミの日。みなさんゴミの分別回収にご協力を。

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