| [2002年03月11日] 造反有理 |
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調理パン(あさ) そば(ひる) コロッケ。たけのこごはん(ゆう) |
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毛であった。問題は、毛であったと、いまにして余はそう回顧する。中国共産党を率い、国共合作を実現し、ついに中華人民共和国を成立させた毛沢東である。問題は、それであった。ポルノグラフとは元来、あまりに氾濫すると結局は食傷してしまい、うける側も鈍感になるので、ある程度のところで一線を隠しておくべきものである。あ、画して、か。とにかくそういう性質のものである。どんな美人でも、素っ裸になる以上にむきだしになることはできないのだから、それに対して皆が鈍感になってしまえば、結局人を挑発することはなくなるであろう。谷崎潤一郎先生がそう述べたのは1931年のことである。それから七十年あまりがすぎて、どうやらこのくには先生が心配した方向につきすすんできた。解禁というか、ご開帳というか、そういう、うれしはずかしの方向にである。隠すべき一線はまるで波うち際の砂にひかれた一線であったかのように、ひとつふたつとよせてはかえす時代という波に洗われて少しずつ少しずつなしくずし的にきえてゆくこの七十年であった。なかでもとくに記憶にとどめておくべき出来事は、やはり、毛である。中国共産党を率い、国共合作を実現し、中華人民共和国を成立させた毛沢東。ブレイクオンスルーは、この、たった一本の毛にあった。それは最初は偶然と無作為を装って登場した毛であったのかもしれない。だが、その一本が二本となり、二本が四本となり、四本が八本、八本が十六本、いつしか気づけばあたり一面ボーボーと春風にたなびく今日この頃である。この時代の移りかわる様をまのあたりにした余が、いっときの春ののちにやがて訪れるであろう食傷の時代をみこしたうえで「嘆かわしい風潮である」と喝破したかというと、そのようなことはかつてなく、ただひたすらに、「結構なことである」と、「毎日が夢のようである」と、そればかりをおもって暮らしている。いかに原理原則論をふりかざそうとも、それが時代の意志であるのなら抗しようもないのは、これは人類の歴史をひもとけば明らかである。そもそも、いまさら余がごたごたぬかしたところでなんになる? おとなしくこの印刷技術の発展の恩恵に浴しよう。それがしょせん匹夫のさだめである。ようするに、時代はかわるのだ。かわりつつあるのだ。それがさだめであるというのなら、余は甘んじてそれを受けいれよう。かかる覚悟をきめた余が現在着目をせざるをえないのは、やはり、具である。具沢山。このかたにぜひ、毛沢山の遺志を継いでいただきたい。あ、東か。とにかく継いでいただきたい。そして、さらなる革命の発展を遂行していただきたい。革命に停滞はない。老い先みじかいこの余生ではあるが、願わくば、肝心カナメの話の核心であるところの、そのものずばりの、ようするにこの、具が、ついに解放されるというその場にたちあいたい。その歴史的瞬間をみとどけたい。それがこの老生の最後ののぞみである。余が生きているうち具は日の目をみるのか。白日のもとにさらけだされる日はくるのか。そればかりを案じつつくらす日々、ではこの一文を、毛語録によって締めくくる。革命いまだ成らず、同志よ努力せよ。あ、これは孫文か。中国のみなさん、ごめんなさい。 |
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