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「くりたさ〜ん、ちょっと〜」
…ん?
「ん?」
「ねえねえちょっとあたしいまから歌うからあたしの歌きいてよねえってば」
…歌? なんだ歌って。
「歌? なんだ歌って」
「こないだクルマのなかでかかっててさあ」
…じぶんのクルマかだれかのクルマできいた歌か。それを気にいっておぼえて、これから披露してくれるということか。ちがうかな。まあとにかくそんな話だろう。
「ふむふむ」
「あっ、きょうくるとちゅうでスズメひいちゃったんだようスズメ〜」
…あっ、歌の説明するためにくちにしたクルマというひとことで、いっぺんに思考がとんだなっ。「きょうくるとちゅうで」というのは、「きょう会社にくるとちゅうで」という意味だよな。きっと。こいつクルマ通勤だったもんな。その途中でなぜかスズメをひいてしまったと。…え。スズメ?
「スズメ? なんでそんなのをひくんだ?」
「あ〜れってなんなんだよもう〜、よけろっつうんだよなあ、あ〜ぶなくってしょうがないよ」
…そりゃたしかにあぶないっていうか、もっとさきまでいっちゃってるかんじだけど、それより、どうやったらひけるんだってば。
「だからどうやったらスズメをひけるんだってば」
「あ」
…なんだ?
「なんだ?」
「あたしのケロちゃん、どこ〜?」
…ああ? なぜスズメからケロちゃんに飛ぶ? どうなってるんだよこのアタマのなかはもう。だいたいケロちゃんてなんだ? しょうがない、スズメはおいといてまず、ケロちゃんからかたづけてしまおう。
「ケロちゃんてなんだ?」
「ほらあたしのケロちゃんだよ〜ケロちゃ〜ん」
…それはこたえになっていない。
「だからケロちゃんてなんだよ」
「リボンついてるケロちゃ〜ん」
…おもいだした。アレのことだ。こいつはこないだどこからかアマガエルのミイラ化した死骸をひろってきて、どうもそれが気にいったらしくて、そのクビのところにリボンを巻いてみんなにみせびらかしてよろこんでいたのだ。ところがすぐに飽きて、おれにくれたのだ。いらないというのに。ムリヤリに。おれのこのツクエのうえにおいていったのだ。いらないというのに。
「あっ、あれか。あんなのしらねえよっ。捨てたよあんなの、もう」
「ねえねえ、クリタさんてこんど、ケッコンすんだよねえ?」
…は?
「は?」
「ケッコンすんでしょう?」
…な、なぜケロちゃんからケッコンに飛ぶ? いよいよもってわからない。ちょっとまってくれ、かんがえてみる。む。たとえば、こういうのはどうだ。ケロちゃんのクビに巻かれたリボンから、蝶ネクタイを連想して、蝶ネクタイから結婚披露宴につながった。あくまで推測ではあるが。それとももしかしてたとえば、ミイラ化したアマガエルの無惨な姿に、結婚後のおれの未来の姿がオーバーラップしたとか。や、やめてくれよそんなの。あんまりだよそれ、かんがえたくないよ。じゃあこんなのはどうだ、たとえば……
「……」
「あ〜たしとケッコンしてよ〜、あ〜たしと〜」
…お。やっと前後の発言に脈絡が。ってよろこんでるばあいじゃないよ。この脈絡はたんに会話の流れ上の脈絡であって、男女が結婚にいたるには、人生の流れ上の脈絡がなくちゃいけないよ。もちろんそんなものはいっさいないよ。ってことは、ここは、びっくりしとくところだろうな。たぶん。
「なっ、なに?」
「ケ〜ッコン〜」
…それともおれ、からかわれてるのか? からかわれるんだろうな。たぶん。
「ん〜、じゃあ、してみる?」
「ををっ?」
…するわけないだろって。たぶん。
「式場、どこにする?」
「農協会館はイヤだかんねわたし〜」
…ははは。バカだこいつ。って、かんがえてみりゃいつまでもこんな無益な話をつづけている場合じゃないよ。
「わかったわかった。じゃあかんがえておくから、そろそろおまえはあっちいってろ、うるせえから」
「ちょちょ、ちょっとまってよ」
…またねえよっ。
「またねえよっ」
「じゃなくてちょっとまってよ、ちゃんと用事があってきたんだから」
…用事? それは初耳だ。
「用事? なんの用だよ」
「あれ? なんだっけ?」
…なんだっけっておまえ。
「なんだっけっておまえ」
「くりたさんしらない? あたしはなにしにきたの〜?」
…しょうがねえなあ。どうせこれだろ?
「どうせこれだろ。ほら、バレンタインのおかえし」
「あっっ。そ〜うだよ〜、あたしこれもらいにきたんだよ〜う、ど〜もありがと〜う」
…ぐったり。
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