[2002年03月22日] うたげのあと
そば(ひる)
ちらしずし(ゆう)

 飯倉さん、こんにちは。ホームページ、拝見しました。私はこうして、ホームページの感想を作者に伝えたりするタイプの人間ではないのです。これは、私の、初めてのそういうメールです。あなたのホームページは、それほど私にとって興味深いものでした。それと、読んでいてあなたのことが心配になりました。そのことを伝えたくて、それでこうしてメールを書くことにしました。
 少し、私の事を説明させてください。私は今年37歳になる地方公務員です。妻と、二人の娘がいます。十歳と、八歳です。一年ほど前、ついに、念願のマイホームを購入しました。生活は少々苦しく、だからこそ充実もしています。他人からみたらどうということのない、ありふれた家庭なのでしょうが、いまの私にとってはこれが大切な、守るべきものです。
 最近になって自宅でもインターネットを始めました。長女にせがまれまして、近所の電器店でパソコンを買い求め、ついでにネットに接続も出来るようにしてもらいました。たまたま今日は日中、家で一人で過ごすことになりまして、退屈しのぎに、気のむくまま、キーワードを打ち込んで検索エンジンにかけていました。
 そして私は、あなたのホームページを知ったのでした。
 そのきっかけとなったキーワードは、私の本名です。検索結果から、あなたのホームページで、私の名前が何度も登場しているのを知りました。さっそく訪れて、私は仰天しました。そこには私だけではなく、かつての私の知人や、生活や、学校や、何もかもが、私の知っている通りの名前で登場し、何もかもが、赤裸々に描かれていたのです。いったい、あなたは、どういうつもりでこんなホームページを創っているんですか。なんのつもりでこんなことを書いているんですか……。
 もう、こんな、他人行儀な物の言い方はやめにしよう。床江。僕だ。知彦だ。こんな馬鹿なことはやめるんだ。いますぐホームページを閉鎖しろ。もう、十五年も前のことじゃないか。もう、終わったことじゃないか。たしかに君には酷い仕打ちをしたと思っている。どんなに謝っても許されないのかもしれない。だけど、こんな形で、下種な野次馬どもの好奇の目に晒すことはないだろう。僕だけならまだしも、さっきもいった通り、いまの僕には妻や子がある。僕の家族にはなんの罪もないじゃないか。可哀想だと思わないのか。よく考えてくれ。いったいどういうつもりでこんなことをしているんだ。こんなことをして、なんの得があるというんだ。言いたいことがあるのなら、僕にだけ言ってくれ。恨みがあるというのなら、僕にだけぶつけてくれ。世間に知らせる必要なんて、どこにもない。第一、こんなことをして、一番傷つくのは、床江、おまえ自身じゃないか。床江。悪いことは言わない。ホームページを閉鎖しろ。このメールを見たら、いますぐ閉鎖しろ。

知彦




 正直言って、君にこんな文才があるなんて知らなかったよ。悔しいが、それは感心した。あと、君の記憶の正確さにも舌を巻いた。君のホームページを読んでいると、当時の思い出がまざまざと蘇ってくる。胸が痛いほどだよ。これほどの表現力を持ちながら、聡明な君が、どうしてこんな下らないことにその才能を浪費しているのか、僕にはさっぱりわからない。とにかく、僕が懇願しつづけているのにも関わらず、いや、懇願するほどかえってその頻度をまして、なにかに取り憑かれたみたいに更新を重ねているということは、君は、ホームページをやめるつもりは、まるでないということなのだろう。それでも、もう一度だけきく。どうか教えてくれ。お願いだから教えてくれ。どうしたらホームページをやめてくれるんだ。君の要求はなんだ。僕に出来ることなら何でもする。お願いだ。助けてくれ。知人にいつ読まれるかもしれないとおもうと、僕は気が気じゃない。親類に読まれるかもしれないとおもうと、何も手につかない。妻に読まれるかもしれないと考えたら、気が狂いそうだ。思い出してほしい。あの頃の君は、あんなに純粋だったじゃないか。あの頃の君を、君は今、自分の手で汚しているんだぞ。どうかそのことに気づいてくれ。そしてホームページを消してくれ。お願いだ。今ならまだ間に合うかもしれない。一度は心を通わせた僕たちじゃないか。この通りだ。床にはいつくばってお願いする。やめてくれ。

知彦




 100万ヒットおめでとう。アクセスカウンター、注目しているけど、このところのアクセス数の伸びは目をみはるようだね。おかげで僕はもうここ数日、一睡もしていないよ。食欲もまったくない。すべては君と、君のホームページのおかげだ。
 三日まえだったかな。職場でちょっと席を外して、戻ると、僕のデスクのパソコンの画面は君のホームページを表示していた。ちょうど僕が君に乳首を囓られて射精をするシーンだったな。どうやら同僚の誰かが僕を驚かそうとしたみたいだ。職場の全員がこのホームページを知っているんだぞ、という意思表示なんだろう。なかなか気の利いたことをしてくれる奴がいるじゃないか。そう思わないかい? 僕は声をあげて笑ってしまったよ。それからパソコンを床に叩きつけて壊し、自宅に帰った。以来欠勤を続けている。
 女房は子供を連れて実家に帰ったよ。
 僕にはもう、失うものは何も無くなってしまった。満足かい? 僕はもう、何もかも、どうでもよくなってしまった。けれども、けじめだけはつけておかなければならない。やくざの世界でいうところの、おとしまえというやつだ。このまま、黙ったままでいるのはやっぱり許せない。今日、君のプロバイダーに削除要求をした。君のしていることは、かの有名な、プライバシーの侵害だ。冗談でこの言葉を使うことはあったが、ほんとうに法的な意味でこれを使う日がくるなんて、おもってもみなかったよ。こんなふうにことを荒立てることはしたくなかったのだが、仕方がない。再三の警告を無視し続けてきた君のせいだ。たぶん、こういうメールももうこれで最後になるだろう。君のホームページは、おそらく、強制的に消去されることになる。そしてそのあと君は、僕から慰謝料の請求をうけることになる。
 ここでこんなことを言うのも変だけれど、君のホームページで、これから君がどうなっていくのか、興味をおぼえている自分に、今、気がついた。どうやら君の半生記の愛読者の一人に僕もなってしまったみたいだ。この先、もう読めなくなるなんて、実をいうと、ちょっと残念だな。
 最後にひとつだけ。未練がましいと思われるだろうが、ひとつだけ、どうにも納得のできないところがある。今日の更新分の一節だけど、おまえ、1秒半はないだろう。それはないよ。そんなはずはない。あんまりだ。一分はもったはずだ。おまえの記憶の確かさにはいつも感心させられるけど、だからこそかえって、このこともみんなに本気にされちゃうじゃないか。勘弁してくれよ。あそこだけはいますぐ訂正しておいてほしい。僕は破滅した。おまえももう気がすんだだろう。床江。武士の情けだ。お願いだ。あそこだけは直してくれ。

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