[2002年03月27日] 電車
調理パン(あさ)
みそラーメン(ひる)
ちらしずし(ゆう)

さいしょにおれがひとりで電車というものにのるようになったのは小学4年生のころで、おれの町の駅からとなり町の駅までの電車賃は20円だった。往復だと40円で、たちぐいうどんが60円で、その合計の100円玉一枚をにぎりしめて電車にのりこみ、となり町にいって、坂田模型というプラモデル屋で物色をして(そのころおれは戦車のプラモデルに凝っていた)、店のおじさんやともだちと話をして、気がすんだら駅でうどんをくって帰ってくるということをしていた。それがそのころの土曜日の午後のすごしかただった。そのうちに、ただたんに電車に乗ってかえってくるのがもったいなくかんじられてきた。せっかく切符をかって駅のホームにいるのだから、ためしに反対方向の電車にのってみようとおもいついた。それは取手という駅なのだが、家にかえる方向とは反対の上りの電車にのって、てきとうなところでおりて、また下りの電車にのってかえってくればいい。そうおもいついて、我孫子までいったり、そのさきの柏までいったりということをするようになった。それはやってみるとなかなか興奮する行為だった。いまではもう、電車には行く先がきまっていて、すべてはダイアグラムのとおりに運行されているのだと実感としてわかっているからそれほどでもないが、十歳の男の子にとっては、電車にのってひとりでしらない駅名をみるというのは、不安と興奮のまぜこぜになったたのしい行為だった。「このままじぶんはどこへ連れていかれてしまうのだろう?」とかんがえるとちょっとひざがふるえてきたりして。実際に帰りの電車をのりまちがえて成田行きというとんでもなく見当違いな電車にのってしまったこともある。とうじは電車の行く先なんていちいち確認していなくて、たんに色と形で判断してのりこんでいたからなのだが、このときは窓の外の景色をながめているうちにどうやらじぶんはまちがった電車にのっているらしいと気がついて、あまりの心細さに目に涙がにじんだ。しかし、それで懲りてこういう馬鹿なことはやめるようになったかというとそういうことはまるでなく、高校生になっても、大学生になっても、いきあたりばったりのおもいつきで電車にのるということをしていた。そんなとき電車はいつもと表情をがらりとかえて、不思議な感触でおれをむかえいれてくれた。いまでもちょっとだけ、そういう虫がうずいたりすることがある。とくに、しらない駅の、しらない行く先の電車をみたりすると、ちょっといけない気もちになる。さらにそれが休日のおわりで、あしたからまた一週間がはじまるのかとおもっているところだったりすると、かなりいけない気もちになるワタシです。

沼の目次