[2002年07月15日] 真剣

 たとえば、と例にあげてしまってもうしわけないんだけどもたとえば、テレビのクイズ番組をみていてどうしようもなく退屈なのは、解答者に失うものがないからである。いっけんするとたしかにあれにも賞金だとか賞品だとかがあって、なにかを賭けてやっているようにみえるのだが、たとえ失敗しても解答者はなにも払わない。負けても痛みがともなわない。ここは大切なところで、みるほうもやるほうも、どうしても遊び半分というか、真剣さに欠けてしまうのはそこにある。クイズ番組では、クイズに正解できなかったら賞金とおなじ額を解答者が自腹をきって払うようにしたらどうか、とおれはおもう。たとえば、とまた例にあげてしまってもうしわけないんだけどもたとえば、みのもんた氏が司会をしているクイズ番組がありますが、1千万円の問題に挑戦したときに、正解したら1千万円をもらえるのはとうぜんとして、不正解だったばあいは1千万円を解答者が自腹で支払うことにしたらどうなるか。このときのこの一問にのぞむ解答者の緊迫感たるや、想像を絶するすさまじいものになるのはまちがいない。正解しては気もくるわんばかりによろこび、不正解しては気もくるわんばかりにかなしみ、どちらにしても気もくるわんばかりのその緊迫感はもちろんみるがわにも確実につたわるのであって、それはこれまでのヘタレなテレビ娯楽番組の歴史を一変させるくらいの情景になるにちがいない。そうなったときにあのみのもんた氏の司会術も真に炸裂することになる。天国か地獄か、とテレビの箱のなかのひとたちは安易にくちにするが、それくらいのお膳立てをしてはじめて、天国か地獄かという言葉はつかうべきであろう。うむ。

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