[2002年07月19日] け

 じつをいえばおれは抜け毛というのはとんでもないほうで、ねんがらねんじゅうふつふつふつふつと一本抜け二本抜け三本抜け、そうやってあたりに毛をまきちらしてくらしている。アパートの部屋なんかもちょっとほうっておくと床のそこらじゅうにおれの頭部から脱落した毛がからんでいる状態になってしまう。配偶者もこれにはびっくりしたみたいで、床掃除のローラーをごろごろさせながら、「ジブン、抜け毛スゴイナ〜」と感心したみたいにいう。…………。どうでもいいけどいま、配偶者がおれにたいして感心してくれたのって、これくらいだったことに気がついてしまった。…………。(くらくなっている)
 ええといつまでも遠い目をしててもラチがあきませんので話をすすめると、とにかく抜け毛というのがひどくて、たとえば洗髪をするととんでもない量の毛がぬける。こどものころみた映画の東海道四谷怪談で、お岩さんが髪をくしですいたら大量の毛が抜けてガ〜ンとショックをうけるシーンがあったけど、ほとんどあんなかんじで、洗髪のたびにガ〜ンとショックをうけている。百本くらいは抜けてるんじゃないかとおもう。印象だけど。それくらいは抜けてる気がする。サルはヒトより毛が三本すくないそうだけど、洗髪のたんびに百本くらい抜けてるおれはいったいどうなってしまうのだろうというくらいの大騒ぎである。いちどきちんと数えてみようかとおもいついたことがあるんだけど、それはあまりに不毛な行為ではないかとおもいとどまったので、正確な数はわかりません。とにかくたいへん盛大にハナバナしく抜けます。しかも、これはきのうきょうはじまったことではなくて、二十代のなかごろからそうだった。おまけにウチは薄毛の家系(いやな言葉である。薄倖の家系というよりも個人的にはいやである)で、父も薄いし、祖父にいたってはその頭部はすってんてんだったし、じゃなくてつんつるてんだったし、自然の摂理としておれもやがてはああなるのであろうと覚悟はしていたので、大量に毛が抜けだしたときには、ついにくるべきときがきたかと暗澹とした気ぶんにおちいって、それでも最後のわるあがきだけはしておこうと紫電改をかってきてアタマにふりかけてマッサージをしたりした。あんのじょう三日坊主というか、三日ハゲでおわってしまったけど。そして運命に身をまかせるまま十数年の歳月がすぎて、ところが、ここがふしぎなんだけど、それいらいもうずうっとまいにちまいにち大量に毛が抜けていて、射精しない日はあっても毛が抜けない日はないというくらいにやすまずかかさず抜けつづけてきたのにもかかわらず、いまだにおれのアタマにはいちおうまんべんなく毛がのこっている。たしかに密度はあらくなり、面積も若干せまくなりはしたけど、でもいちおうのこってるみたいである。フサフサとはいえないまでも、たしょうスースーはするけれども、まあのこっている。これはどういうことなのか? もしかしてオレのアタマにはそもそも五億本くらい頭髪がうまれつき備わっていたのであろうか? それともはたらき者の妖精が夜中にあらわれておれのねむっているまに抜けた毛をこっそり頭部に植え直してくれていたのだろうか? あるいは抜けた毛にみえるものはじつはおれの毛ではなくてなにか観念上の存在が具現化したみたいな、じぶんでいっててなんのことかわけのわからないようなものだったのだろうか。じっさいのところ、たぶんそのどれでもなくて、オレのアタマから抜け落ちた毛にちがいないんだけども、でもどうもなっとくがいかん。どうも勘定があわない。そういえばオレはむかしから計算問題がにがてで、計算まちがいというのをしょっちゅうしてたけど、この件もまたあれとおなじ、たんなるケアレスミスなのであろうか。いまだになっとくのいくこたえがみつからず、ふしぎだなあとおもいつつ暮らしてますけど、こういうふしぎは歓迎ですので、あまりふかく追求せずにうけいれています。ハイ。

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