[2004年09月05日] 全米

「全米」である。映画の予告編なんかによくでてくるあの「全米」である。あまりにもやたらとでてくるのでちっとも信憑性がない謎の「全米」である。あるときは「驚愕」してみたり、またあるときは「感動」してみたり、かとおもえば「興奮」してみたり「泣いて」みたり「笑って」みたり、つまり「全米が驚愕!」だの「全米が感動!」だの「全米が興奮!」だの「全米が泣いた!」だの、なんだかんだと喜怒哀楽のいそがしいやつなのだが、そんなにもしょっちゅう「全米」というやつは挙国一致というか国家総動員で泣いたり笑ったりたまげたり怒ったりブッとんだりしてるのか。そんなにまで一致団結して、北朝鮮みたいにみんなしておんなじ方向をむいているのか。どうにもまったくもって疑わしいことこのうえない「全米」なのだが、かといって「一部の米が驚愕!」とか「米の三割が感動!」とかそういうのはかつてみたことがない。なにがなんでも「全米」なんである。「米」といえばそのまえに「全」がつくことになってしまっているのである。正直なところ、米というやつは、ハタからみていてあれほど支離滅裂なところはない。タコの八本足がそれぞれちがう方向へいこうとしてけっきょくにっちもさっちもいかなくなってるみたいなやつである。はやい話、ディズニーランドもあればマリリンマンソンだっている。モルモン教徒もいればマイケルジャクソンだっている。支離滅裂である。にもかかわらず、なんで「全米」なのか。モルモンとマイケルがおなじことかんがえるのか。まったくもってはなはだ疑問な「全米」なんだけど、とりあえずあそこではことあるごとに十把一絡げに「全米」ということになってしまう。こんなこっていいんでしょうか。そのうち全米に怒られそうな気がします。

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