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「全米」である。そんなに「全米」「全米」いわれても信憑性というものがまったくないよというこの「全米」である。結論からいって、「全米」はたしかに存在した。わたしはそれを、みつけたのだ。ひとりの人間として、「全米」は存在したのである。私がどうやって「全米」を発見したか、その経緯をこまかく記してみなさんを退屈させるつもりはない。とにかく彼はいたのだ。彼は日本にいて、現在、妻とふたりの子供をやしなっている成年の男性である。今回わたしは、彼にインタビューをする機会をえたので、それを紹介しよう。
「こんにちは、はじめまして」
「はじめまして、全米です」
「おなまえを、フルネームで教えていただいてよろしいですか」
「全米ひろしです」
「ははあ、たしかに全米ですね」
「はい」
「日本人ですね」
「そうです」
「全米さんは、ふだんはなにをなさっておられるのですか」
「映画の試写会によばれることがおおいですね」
「そこでなにをするのですか」
「もちろん映画をみます。そして、感想をもとめられます」
「どのような?」
「簡潔に、一言だけ、感想をいうようにいわれています。『驚きました』とか、『ドキドキしました』とか。それを映画の広報担当者につたえます。私のコメントをもとに、「全米が衝撃!」だとか、「全米が興奮!」だとか、そういう惹句がつくられるみたいですね」
「なるほど」
「あと、わたしが映画をみている最中の反応なども、ずっと観察されています。涙を流したりとか、わらったりとか。そういうことがあると「全米が泣いた!」とか「全米が笑った!」とかいうふうになるみたいです」
「なるほど。そういうことだったんですか」
「はい」
「ふだん気をつけていることなどはありますか」
「そうですね。なるたけ、喜怒哀楽ははっきりあらわすようにしています。たとえば映画をみていて驚いたときも、ただ驚くだけでなく「ぎゃっ」と叫べば、「全米が悲鳴!」というふうになるでしょう?」
「たしかに」
「そもそも、映画をみていて、はじめからおわりまで仏頂面でいたりしたら、つぎからは呼んでもらえませんからね」
「呼ばれないとこまるんですか」
「こまります。わたしはそれで若干の謝礼をもらって、そうして生計をたてています。あとは、新刊をよんだりとか、テレビ番組をみたりとか、ですね」
「そこでもやっぱり、感想をのべるわけですか」
「そのとおりです」
「なにか、こまることなどはありますか」
「そうですねえ。とくにありませんが、箸にも棒にもかからないような、退屈な映画をみさせられたりとか、そういうときはわたしも反応にこまりますね。まあ、どんな映画にもどこかしら取り柄はあるものなので、なんとかよいところをみつけて反応するようにしています」
「大変ですね」
「はい。じぶんも、責任の重さというのは痛感しています。ですから、いつも自分には正直でいるようにしています」
「といいますと?」
「うそはつかないようにしている、ということです。おかしくもないのに無理して笑ったりとか、ちっとも感動していないのに『感動しました』とコメントしたりとか、そういうことはしないようにしています。やはりこの仕事は信用が第一ですからね。それでだれかが犠牲になるとしても、うそはいけません」
「『だれかが犠牲になるとしても、うそはいけない』……いい言葉ですね」
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ、おいそがしいところをありがとうございました」
「こちらこそ、お役にたてれば光栄です。では失礼します」
以上のように、全米氏はじつに礼儀正しい、さわやかな、しっかりした好人物であった。「全米」に対するわたしの長年の疑問は、こうしてすべてが氷解した。そしてわたしは、全米氏が好きになってさえいた。最後に彼が立ち去ろうとするのを呼びとめて、わたしはたずねた。
「すみません、あともうひとつだけ。あなたはこれまで、うそをついたことはいちどもない?」
彼はすこしおどろいたようだった。「うそ、ですか?」
「そうです。いちどもないんですか」
「そうですねえ」彼はしばらくかんがえこんだ。「ありません」
「たとえば、謝礼を多く支払うから、お願いしますよ、とかなんとか」
「なるほどね」彼はわたしの質問の意味を理解したようだった。「たしかに、実際、そういうことはときどきあります。でも、さきほどもいったように、わたしは自分の責任の重さを理解しているつもりです。だから、そういうお誘いはいつもお断りしているんですよ。自分の気持ちに反した感想を、映画なり小説なりにのべたことはいちどもありません」
「そうですか。それはすばらしいことだとおもいます」
「いえ、そんなたいしたことじゃありませんよ。…そうだ、そういうとき、わたしはいつも、おなじことをいってお断りするんですよ」
「どうおっしゃるんですか」
「お聞きになりたい?」
「ぜひお願いします」
わたしの願いにたいして、彼はこういってウィンクした。「『それは無理ですね。全米ひろしといえども』」
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