[2004年09月26日] 続 趙さん家の犬

「上を下への大沢」こと大沢とは小学校から高校までいっしょだった。大沢は中学のころからどうもニョタイというものに異常なまでの関心をいだきはじめて、ニョタイというのはつまり漢字でかくところの女体であるわけだが、これに異常な関心をいだきはじめて、高校にはいるとこれがさらにエスカレートし、高校を卒業するとさらにますますエスカレートし、さすがに四十をすぎたいまとなればすこしはおさまっているかとおもったらそうでもないらしく、いまだにそのまんまであるようで、いったいおまえはこの三十年間、くる日もくる日もそんなことばかりかんがえつづけていて、それはどんなじんせいなのだとばかばかしさを通りこしておれはかえって清々しくなった。人間万歳。で、この大沢はしばらくまえから女子高校生とつきあっていて、つきあうといってもれいのいわゆる援交というやつなわけだが、それをつづけているうちにどうも高校生ではあきたらず、さいきんでは中学生に興味をいだくようになってしまったのだという。大沢は飲み屋というか、ちょっとおしゃれっぽいバーみたいな店を経営していて、店をひらくときに店名はどうしようかと相談されたので「上を下への」にちなんで「アップサイドダウン」にしろよとけっこう本気で提案したのだが受け入れられなかった。そんな話はどうでもいい。ともかく大沢は飲み屋をやっていて、せんじつべつな町に店をもう一軒ひらいたというので、週末の夜にあいさつがてらのぞきにいった。大沢は事業の拡大にはしゃいでいるようすで、かなり上機嫌で酔っぱらっていた。酔ったいきおいでよけいなことまでぺらぺらとしゃべりまくる。やっぱり十代の子は肌がちがうんだ肌が、こう、つるっとしていてハリがあってとかなんとか、こっちがきいてもいないことをまくしたててくる。どうでもいいが大沢はいかにもインチキくさい口ヒゲをはやしていて、いわゆるチョビヒゲというアレをはやしていて、その42歳の中年男のうさんくさいチョビヒゲのしたのおぞましいくちがもぞもぞと動いて「女子高生」という単語が毒ガスみたいにもれてくるのをみていると、現代社会のゆがみとかひずみとか病といったものが目のまえにあらわれたみたいで、なにかもうおれはぐったりとしてしまう。どうにかして話題を変えようと、ちかごろのオヤジ界定番のホットな話題であるところの「楽天というのはそんなにもうかっているのか」などをふってみるのだが、大沢は興味をしめさない。きく耳をもたない。自分勝手に現在つきあっている高校生の話を全開でえんえんとまくしたてたあげく、さいきんは中学生小学生に嗜好が移行しつつあるのだと呆れたことをいいだした。高校生はもうだめだね、もうおれはさとったね、女はやっぱり毛がはえるまえまでだねなどとほざくので、他人の毛がどうこういうまえにおまえこそその不愉快なヒゲを剃れとおれはついにいってはならないことを口ばしってしまったのだが、大沢はいっかな動じないようすでウハウハとわらっている。そこからこんどは中学生について語りだしたので、さすがにこれはおれもひとりの成熟した社会人としてたしなめるべきだろうとおもい、おまえアタマのなかで何をかんがえていようと勝手だが、まちがってもほんとに手をだすんじゃないよ、まさかとはおもうけどくれぐれもやめとけよ、と釘をさすと、うんうんそれはよくわかってるよとうなずいて、そのすぐあとに、このちかくに中学校があるんだ、いまからちょっといってみないか、とおれをさそう。いってどうするんだとたずねると、ちょっと更衣室とかしのびこんでさ、と、心が洗われるくらいにひとの忠告をまったくきいていないのがありありとつたわってくる返答だ。じつをいえば大沢とおれは十九のころに私立の女子校の更衣室をあらしたことがあって、あれはたしか明治八年のことだからもう時効だとおもうので白状すると、大沢とおれとあともうひとりの三人で衆議院選挙の運動員のアルバイトをしていて、夜中に選挙事務所ででたらめに酔っぱらって、酔ったいきおいでとなりにあった女子校の更衣室にしのびこみ、さんざんあらしまわったあげくの果てにそこをボヤにしてあわてて逃げてきたという過去があって、いつ捜査の手がおれたちのところまでおよぶかとあのときは心底こわかった。どうも大沢はそのときのことをしつこくおぼえているらしく、おれをかつてのエロ暴走同盟の同志みたいな存在に位置づけているらしく、ふつうならそんなさそいは冗談ということでわらいとばしてしまえるのだが、こいつがいってくるとどうも本気じゃないかという気がしてすこしおそろしい。じっさい、じゃあいくか、とおれがいえばいまにも店からとびだしていきそうなくらいの勢いだ。だが、残念ながらおれにはそういう嗜好はまったくないので、バカなことばっかりいってんじゃないよ、というと、うそだようそ、と大沢はわらった。しかし、そのときの大沢の、目の奥にあったひかりがしゅっと消えていったのをおれはみのがさなかった。もしかしたらこいつは、たぶんおれを本気でさそっていて、おれにその気がないとわかったので、冗談ということでごまかしたんじゃないか。おれのでかたをさぐっていたんじゃないか。と、どうにもそんな気がしてきて、だから近辺の中学校で更衣室あらしがあったといううわさはないか、すこし情報収集をしてみようかとおもっている。子供をすくえ。

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